必ず鑑別に挙がる薬剤性肺障害について
薬剤性肺障害についてまとめてみました。
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【定義】
・薬剤投与中に起きた呼吸器系の障害の中で、薬剤と関連があるもの
・薬剤は処方薬だけでなく、大衆薬、生薬、サプリ、麻薬も含む
・一般に薬剤投与中に起きた生体に有害な反応を有害事象(Adeverse event:AE)と呼び、AEの中で薬剤と関連のあるものを副作用(副反応, Adverse drug reaction:ADR)と呼ぶ
・薬剤性肺障害は呼吸器を場として起こるADRである
【臨床病型とその考え方】
・特異的なものはない
発症時期と経過
・投与数分以内に発症:(例)ヒドロクロロチアジド
・投与から数年経てから発症:(例)アミオダロン
・通常投与開始後2-3週間から2-3か月で発症するものが多い
・急性発症は非心原性肺水腫、過敏性肺造園、急性好酸球性肺炎、びまん性肺胞傷害(DAD)の臨床像
・慢性発症は非特異的間質性肺炎(NSIP)、器質化肺炎(OP)の臨床像
治療反応性
・治療反応性良好:好酸球性肺炎、過敏性肺臓炎、器質化肺炎
・治療反応性不良:びまん性肺胞傷害、通常型間質性肺炎(UIP)
リスク因子と量反応関係
・非特異的リスク因子:年齢60歳以上、既存の肺病変(特に間質性肺炎)、肺手術後、呼吸機能低下、酸素投与、肺への放射線照射、腎障害の存在
【発症機序】
・ほとんど負傷
・基本的には細胞傷害性薬剤によるII型肺胞上皮細胞、気道上皮細胞あるいは血管内皮細胞に対する直接毒性および免疫系細胞の活性化(おそらくはハプテン作用、あるいは抗原mimicking作用)の2つ
・これらの機序は遺伝性素因(薬剤代謝系遺伝子、免疫関連遺伝子など)、個体の年齢的背景(加齢現象)、肺における先行病態(特に既存の肺線維症や慢性炎症性肺疾患)、併存薬剤との相互作用など、多様な宿主因子と環境因子で修飾される
【疫学】
・正確な発症頻度はないが、2000年以降に報告が増加
・報告増加のきっかけはGefitinibによる肺障害
・抗癌剤が圧倒的に多く、続いて抗リウマチ薬、抗菌薬、漢方、降圧薬など
・日本では海外に比べて薬剤性肺障害の発症頻度が高いと言われているが、Gefitinibによる肺障害が社会問題となったため、報告意識が高まったためと考えられている
・その他、医療制度や保険制度の違い、体格や薬剤用量の違い、HRCTなどの診断ツール普及の違いも指摘されている
・しかし致死的な肺障害(DADパターン)の頻度が海外と比べて多い
【診断基準】
・すべての薬剤は肺障害を起こし得る
・投与中のみならず、終了後にも起こし得る
・新規肺病変が出現した際には薬剤性肺障害の発症を検討しつつ、肺・胸膜病変を基礎疾患に伴う場合、悪化がないか、免疫能や感染防御能が低下した症例では日和見感染症との鑑別も重要
薬剤性肺障害の発症を疑うポイント
薬剤性肺障害の診断基準
・発症を疑ったら診断基準に沿って診断する
薬剤性肺障害の診断の手順
・診断と同時に原因薬剤の同定も行う
・自覚症状と薬剤開始や変更のタイミングが臨床的な根拠となる
・自覚症状が乏しい場合はSpO2が低下する場合や新規の胸部異常陰影、胸水貯留が薬剤を疑うきっかけ
・身体所見では皮疹、粘膜診、表在リンパ節の腫脹の有無を確認する
・血液検査ではESRやCRP、LDH、アレルギー反応に関与する検査を行う(好酸球など)、間質性肺炎マーカー(KL-6, SP-A, SP-D)なども有用
・KL-6は抗KL-6抗体にて認識されるシアリル化糖鎖抗原を有するMUC1ムチンであり、主にII型肺胞上皮細胞から産生される
・SP-A/DはII型肺胞上皮細胞から産生されるサーファクタント蛋白
・薬剤リンパ球刺激試験(DLST)は薬剤アレルギーが疑われる患者の感作されたリンパ球と被疑薬(抗原)を混合し、リンパ球から分裂増殖する率を3H-thymidineの取り込み量として測定しようとする検査
・薬剤影肺炎のDLST陽性率は全体の66.9%
・しかしいくつかの問題点もある。漢方薬の小柴胡湯はそれ自体がリンパ球刺激能を有し、偽陽性に、また逆にミノサイクリンはリンパ球機能抑制作用を有し、偽陰性になる
・MTXも関節リウマチ患者でDLSTの特異度が極めて低い
薬剤性肺障害の画像パターンと血清KL-6の関係
・DAD(びまん性肺胞傷害)、CIP(慢性間質性肺炎)パターンではKL-6は上昇するが、OP(器質化肺炎)、EP(好酸球性肺炎)、HP(過敏性肺臓炎)では上昇しない
感染症検査
・結核、肺炎球菌肺炎、マイコプラズマ、クラミドフィラ、レジオネラ、ウイルス、真菌などを鑑別
胸部CT
・DADか非DADか分類できれば十分
・薬剤投与前から陰影が増強している場合はその薬剤は被疑薬から外れる
気管支肺胞洗浄(BAL)
・BALのみで薬剤性肺障害の確定診断は困難
・呼吸器感染症などの他疾患の除外には有用
・Cellular pneumonia:HPパターン、最も頻度が高い、リンパ球優位でしばしば50%以上、好中球やその他の炎症細胞の増加を伴う場合も、CD4/CD8比は低いことが多い
・Eosiophilic pneumonia:BALF中に好酸球が認められなければ好酸球の胞隔・肺胞内への浸潤は否定的
・Organizing pneumonia:リンパ球、好中球、好酸球、肥満細胞が様々な割合で混在、泡沫状マクロファージや形質細胞も認められる、CD4/CD8比は低いことが多い
・Cytotoxic reaction:DADとして認識されるもの、細胞傷害性薬剤によって誘発される、好中球分画が増多、異型II型肺胞上皮細胞の集塊を認める場合もある、予後不良
・Diffuse alveolar hemorrhage:赤血球以外にヘモジデリンを貪食した肺胞マクロファージが見られる
・アミオダロンによる薬剤性肺障害ではリン脂質(サーファクタント様物質)の貯留によるものと考えられる泡沫状の相棒室を呈する肺胞マクロファージが特徴
【治療】
・速やかに被疑薬を中止
・継続が必要な場合は薬剤性肺障害の頻度が少ない他の種類の薬剤に変更する
・抗悪性腫瘍薬治療は肺障害が改善するまでは再開しない
・中等症ではPSL0.5-1.0mg/kg/日を原因薬剤、重症度を考慮して投与、2-4週間後に漸減
・重症例ではmPSL500-1000mg/日を3日、その後PSL0.5-1.0mg/kg/日で維持し、漸減、肺障害と低酸素血症の改善が速やかに得られれば1-2か月間で終了する
治療の反応性
・アレルギー反応によって発症した場合や好酸球性肺炎(EP)ではステロイド反応性が良い
・Cellular NSIPパターン、OPパターン、EPパターンは反応良好
・細胞傷害性の機序で発症したDADパターンはステロイド効果が乏しい
薬剤性肺障害の臨床病型と主な原因薬剤
・Capillary leak syndromeやHypervolemia、アナフィラキシーなどのアレルギー性機序が推定される
・①画像検査で肺に異常陰影を伴う末梢血の好酸球増多、②経気管支肺生検あるいは開胸肺生検で確定された肺組織への好酸球浸潤、③気管支肺胞洗浄中の好酸球増多(25%以上)の3つの内いずれか1つが薬剤性好酸球性肺炎の診断に必要
・急性の場合は原因薬剤を開始してから数日から7日以内に発症、末梢血の好酸球が増加せず、1週間ほど経過してから上昇することもある、すりガラス影や網状陰影、程度が強ければびまん性、胸水貯留もしばしば
・慢性の場合は数週間から数か月持続する咳嗽、発熱、体重減少、進行性の息切れ、喘鳴、寝汗などが起こる、末梢血の好酸球増加、IgE高値が見られる、末梢側優位の浸潤影やすりガラス影に加えて、小葉中心性の粒状陰影、小葉間隔壁の肥厚など
・気道系病変:β遮断薬による喘息発作誘発、NSAIDsによるアスピリン喘息発作、薬剤粉末の吸入による職業性喘息
・肺胞出血:抗血栓薬、抗甲状腺薬(PTU)によるANCA関連血管炎
・肺高血圧症:薬剤性は肺動脈性高血圧症の10%
・胸膜病変:薬剤性胸膜炎ではTNFα阻害薬によるものが半数以上
・呼吸中枢障害、神経・筋障害:麻酔薬、鎮痛薬、睡眠・鎮静薬、向精神薬、ペニシラミン、アミノグリコシド系抗菌薬、プロカインアミド、ポリミキシンBなどでは薬剤性筋無力症が起こる
【各種の薬剤による肺障害】
抗悪性腫瘍分子標的治療薬
・急性肺障害・間質性肺炎の発現率は5.8%
・リスクはPS2以上、喫煙歴あり、投与時の間質性肺疾患の合併あり、化学療法歴あり
関節リウマチ治療薬
・10-30%の頻度
・RA自体の間質性肺炎か薬剤性肺障害か感染症(特にPCP)か判断が難しい
・MTXの肺炎は75%が開始半年以内だが、数年から十数年経て発症することもある
・発症頻度は1990年頃は1-5%
・リスク因子:男性、喫煙歴、既存の肺病変
・投与開始前に間質性肺病変を有する患者への投与を控えると発現率は0.4%いかに低下した
・生物学的製剤の間質性肺炎の頻度はRAでは0.1-1.0%
・生物学的製剤投与中に発熱、咳嗽、呼吸困難が起こった場合、以下の診断フローチャートを使用する
免疫抑制薬
・シクロホスファミド:呼吸器感染症、DAD、OP、肺線維症、非心原性肺水腫、胸水貯留、気管支攣縮、アナフィラキシーなどの報告
・シクロスポリンA:DAD、亜急性間質性肺炎、非心原性肺水腫、びまん性肺胞出血、肺高血圧症などの報告
・タクロリムス:急性進行性間質性肺炎、OP、非心原性肺水腫、肺高血圧症などの報告
・アザチオプリン:亜急性に進行する間質性肺炎、OP、びまん性肺胞出血、肺血管炎、気管支攣縮、血管性浮腫、アナフィラキシーなどの報告
漢方
・小柴胡湯が最多
抗菌薬
・テトラサイクリン系、βラクタム系、ニューキノロン系で報告多い
・III型、IV型アレルギー、I型アレルギーが関与する
抗循環器病薬
・アミオダロン(300-800mg/日)による重篤な肺障害の頻度は1.2%
・200mg/日以下では少ないと言われてきたが、日本においては5年間の累積頻度は10.6%と報告あり
・発症機序は①肺胞上皮細胞や血管内皮細胞、線維芽細胞などに対する細胞毒性、②Th1細胞とTh2細胞のアンバランス、③肺胞マクロファージからのTNFαやTGF-β産生、④アンギオテンシンIIによる肺胞上皮細胞のアポトーシスなどが考えられる
・DLcoは肺障害の指標として重要(Base lineから15%以上の低下は有意)
・アミオダロン肺障害による死亡率は9-50%と予後不良