リウマチ膠原病徒然日記

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リウマチ膠原病疾患に関して日々疑問になったことを中心にまとめたものです。

どう使い分ける?乾癬性関節炎ガイドライン

乾癬性関節炎のガイドラインは国内外で多岐に渡ります。エビデンスが十分でない事を反映して、ガイドライン毎に推奨事項が若干異なります。

 

関節リウマチと違って、どのガイドラインを選択するかによってマネジメントが大きく異なり、ガイドラインを妄信しているとかえって診療で混乱してしまう可能性があります。

 

本日は乾癬性関節炎の代表的なガイドラインについて、その背景に迫り、それらを比較検討する事で、現時点での乾癬性関節炎治療の推奨についてについて言及したいと思います。

 

この内容を通して、読者の皆様が複雑かつ多様な乾癬性関節炎診療について少しでも興味が湧いて頂ければ幸いです。

 

 

代表的なガイドライン・推奨

 乾癬性関節炎のガイドライン・推奨の中でも知名度が高いもの、更新頻度が高いもの、国内のものをピックアップすると以下の4つが主になります。

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 これらのガイドラインが作られた団体や背景に特徴的な違いがあります。これにより治療推奨の違いが生じていると考えられます。次に、これらのガイドラインの特徴について述べます。

 

EULAR 2019

●EULARはリウマチ医が中心の欧州リウマチ学会です。

●乾癬性関節炎の治療推奨に関しては2012年の初版からエビデンスの集積に伴い、2015年と今回とで合計2回の改訂がなされています。

●推奨事項は6つの包括的原則と12の具体的推奨項目からなります。

●最大の特徴はリウマチ医の診療を想定しているため、筋骨格系症状の治療に重きを置いている点です。

●単一の筋骨格系症状(単・少関節炎、多関節炎、付着部炎、体軸関節炎)に合わせた治療アルゴリズムも、同学会が出す他の疾患ガイドライン同様に特徴的なところです。

●このアルゴリズムはフェーズがIからIVに分けられており、治療手順が簡潔に示されています。

●一方で皮膚爪病変については皮膚科専門医への相談、連携を提唱し、詳細な記載はありません。

●また薬剤選択に関しては、有効性はもちろんですが、エビデンスが乏しい領域ではコストを重視した推奨となっています。

 

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※1 予後不良因子:構造的損傷の存在, CRP/ESR高値, 指趾炎または爪病変
※2 体軸関節炎にグルココルチコイドは使用しない
※3 治療目標は寛解または低疾患活動性(長期罹患の場合)をtreat-to-target 戦略にて目標とする
※4 乾癬皮膚症状を有する(body surface area: BSA>10%)場合はIL-17阻害薬が好ましいが, 炎症性腸疾患やぶどう膜炎を合併する場合はTNF阻害薬が好ましい
※5 臨床的改善とは, 疾患活動性指標が少なくとも50%以上改善していることをいう
※6 メトトレキサートに追加投与として
※7 寛解を維持しながら, 薬剤の漸減を注意深く行う
※8 アバタセプトを含む

GRAPPA 2015/2020

●GRAPPAは2003年に組織された乾癬と乾癬性関節炎に特化した国際的なワーキンググループです。

●リウマチ科医の他に、多くの皮膚科医、さらには放射線科医、遺伝学者、疫学者、患者など約800人のメンバーからなります。

●2009年に初めて乾癬性関節炎に対する推奨を出してから2015年、さらにはコロナ禍のため公表が遅れていますが、2020年の改訂版が発表される予定です。

●本推奨の最大の特徴はEULARの末梢関節炎、体軸関節炎、付着部炎に、所属する皮膚科医の割合が多い事を反映して、指趾炎皮膚爪病変も加えた臨床病態(ドメイン)毎に治療推奨を出している点です。

●2020年の改訂ドラフト版では、さらに炎症性腸疾患ブドウ膜炎合併の2つのドメインを加え、合計8つのドメインの治療推奨を出しています。

●ただし薬剤選択に関しては現在の薬剤間での比較試験が少ない事を反映して、優先順位は付けずに、一部の条件を除けば、各病態に有効性のある薬剤を同列で推奨しています。

 

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ACR/NPF 2018

●本ガイドラインは米国リウマチ学会(American college of rheumatology: ACR)と米国乾癬財団(National psoriasis foundation: NPF)が合同で公表したものです。

●公表されてから日が浅くまだ改訂はありません。

●本ガイドラインの最大の特徴は「無治療の活動性の乾癬性関節炎」「経口低分子薬無効時」「TNF阻害薬無効時」などと臨床状況に応じていくつかの治療選択を提示している点です。

●また患者の好み(経口薬希望など)特別な臨床背景も配慮して二つの薬剤間で優劣を付けている点です(例:①経口薬を希望する場合はJAK阻害薬またはPDE4阻害薬、②感染症リスクがある場合はTNF阻害薬よりもアバタセプト、など)。

●しかし、実際にはこれらの二薬剤間の優劣を検討した試験は多くなく、エビデンスレベルは全体的に低い事に注意が必要です。

●また、薬剤のコストよりも有効性を重視した推奨となっており、他の推奨の治療選択がステップアップ方式となっている事と異なり、早期よりアグレッシブな治療を推奨している点にも注目したい。

 

乾癬性関節炎診療ガイドライン2019

厚生労働省難治性疾患政策研究事業の研究班(朝比奈班)がまとめた診療ガイドライン(以下Japanese guideline for the management of psoriatic arthritis: JGM-PsAと称する)です。

●皮膚科医、リウマチ医、整形外科医、放射線科医など多岐に渡る研究班員が作成に関わっています。

●本ガイドラインの特徴はEULAR 2015とGRAPPA 2015、ACR/NPF 2018を参考に国内での保険適応も踏まえて独自のClinical question (CQ)を設け、それに対する推奨を打ち出している点です。

●ただし、薬剤間の選択の優先順位についてはエビデンスが乏しい事を踏まえて明確な方針を示してはいません。

 

各治療推奨・ガイドラインの違い

各治療推奨・ガイドラインの比較表を示します。ACR/NPF 2018はシナリオ毎の推奨となっているので、厳密に他のガイドラインと比較は難しく、ここでは省略としています。

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初期治療

末梢関節炎

●EULAR 2019ではPhase Iで末梢関節炎を単・少関節炎多関節炎に分けています。前者ではNSAIDs±局所グルココルチコイド注射となっていますが、4週間以内に治療目標を達成しない場合や、予後不良因子がある場合はPhase IIに移行し、csDMARDsを使用することとなっています。

●一方、多関節炎がある場合は最初から予後不良と考え、Phase IIのcsDMARDsが第一選択となります。csDMARDsの中で優先順位を付けているのはEULARとJGM-PsA 2019のみであり、メトトレキサーが優先されています。

●3か月以内に治療目標に改善しない場合、6か月以内に治療目標を達成出来ない場合、Phase IIIへ移行し、生物学的製剤を考慮する。NSAIDsの使用期限についてはEULARのみで記載があり、単剤の効果判定は4週間まで、使用期限は最長でも3か月以内としています。

●GRAPPA 2020では末梢関節炎に関しては罹患関節数に寄らずcsDMARDsが強く推奨されている事がEULARと異なる点です。これは乾癬性関節炎診療ガイドライン2019(JGM-PsA 2019)も同様です。ここで言うcsDMARDsはメトトレキサースルファサラジンレフルノミドであり、2020年の推奨で付着部炎と指趾炎でのみMTXを条件付きで推奨していますが、原則は全て同列に扱っています。

●皮疹に有効性が示されているシクロスポリンに関しては、関節炎への有効性はまだ十分なデータがなく、GRAPPAでは皮疹のみへの推奨となっており、JGM-PsA 2019でも重症皮疹での使用が妥当としています。

●GRAPPAではcsDMARDsが無効の場合は、生物学的製剤を考慮します。

●グルココルチコイドの注射に関してはいずれのガイドラインでも強い推奨はなく、条件付きまたは補助療法としての位置づけです。

●ACR/NPF 2018はコストを重視した他のガイドラインと異なり、有効性を重視しているため、よりアグレッシブな治療、すなわち早期よりcsDMARDsなどの経口低分子薬ではなく、TNF阻害薬の使用が推奨されています。

●なお、ACR/NPFではグルココルチコイドに関する推奨は注射、内服共に記載されていなません。

 

体軸関節炎

●EULARはNSAIDs±局所グルココルチコイド注射、GRAPPAはNSAIDsに加えて理学療法が第一選択となっています。

●GRAPPAでは体軸関節炎に対するcsDMARDsは有効性の観点から強く推奨しない事となっています。

●JGM-PsA 2019でも詳細な記載はないが体軸関節炎でのcsDMARDsについて有効性は乏しいとしています。

●NSAIDsが無効時、生物学的製剤が選択肢となります(EULARではPhase III)。

●ACR/NPF 2018では体軸関節炎の第一選択こそ示されていませんが、NSAIDs不応時のシナリオで生物学的製剤が推奨されている点からはNSAIDsで治療開始する事を想定していると推測されます。

 

付着部炎

●EULARでは単・少末梢関節炎同様、NSAIDs±局所グルココルチコイド注射が第一選択となっています。

●GRAPPAでもエキスパートオピニオンですが、NSAIDsが第一選択となっています。グルココルチコイド注射に関しては明確なエビデンスがなく、条件付きの推奨となっています。

●JGM-PsA 2019では詳細な記載はありません。

●ACR/NPF 2018では経口低分子薬(csDMARDs、アプレミラストを含む)よりもTNF阻害薬が第一選択、その他NSAIDsやトファシチニブ(2018年時点ではJAK阻害薬と言えば、トファシチニブだけでしたが、現在はさらに適応が増えています)が推奨されています。

 

指趾炎、皮疹、爪病変

●GRAPPAにのみ記載があり、指趾炎では副腎皮質ステロイドの注射±条件付きでNSAIDs皮疹では外用薬光線療法が第一選択、爪病変では外用薬が条件付き推奨となっていますが、生物学的製剤が強い推奨となっています。

 

生物学的製剤の位置付け

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 いずれの推奨・ガイドラインでも、およそ共通する事は、皮疹が重度の場合IL-17阻害薬ぶどう膜炎を合併する場合はTNF阻害薬炎症性腸疾患を合併するときはTNF阻害薬IL-12/23阻害薬が推奨される事です。

 

 一方、IL-17阻害薬は炎症性腸疾患を悪化させるため、全てのガイドラインで推奨されておらず、IL-12/23阻害薬も体軸関節炎への効果が不十分であり、推奨しないガイドラインが多いです。

 

EULAR

●生物学的製剤が登場するのは、末梢関節炎でcsDMARDsが不応の時、または付着部炎、体軸関節炎でNSAIDs±局所グルココルチコイド注射が無効時のPhase IIIです。

●2015年の推奨ではIL-17阻害薬、IL-12/23阻害薬よりもTNF阻害薬を優先する文言がありましたが、近年、前二者の有効性が確立されつつあるため、2019年の改訂では三剤は同列の扱いとなっています。

 

GRAPPA

●末梢関節炎、体軸関節炎、付着部炎、指趾炎、皮疹、爪病変、炎症性腸疾患・ぶどう膜炎合併、全てのドメインにおいて初期治療不応時に生物学的製剤が強く推奨されています。

●しかし重症度や患者背景を鑑みて、多くの病態で迅速治療として生物学的製剤を選択する事も許容しています。

●元来はTNF阻害薬が全てのドメインで強い推奨となっていましたが、エビデンスの蓄積に伴い、2020年版では一部のドメインを除き(炎症性腸疾患、体軸関節炎)、IL-17阻害薬やIL-12/23阻害薬が強い推奨、さらには新たにIL-23阻害薬も多くのドメインで強く推奨されるようになりました。

●ただし、2015年版、2020年版ともに生物学的製剤間での明確な推奨順位は示していません。

 

ACR/NPF

●ACR/NPFでは原則アグレッシブな治療を打ち出しているため、早期より活動性の乾癬性関節炎では禁忌がない限りTNF阻害薬を第一選択として推奨しています。

●体軸関節炎に関してはNSAIDsが無効時にはTNF阻害薬が推奨されます。

●生物学的製剤の推奨は概ねTNF阻害薬IL-17阻害薬IL-12/23阻害薬の順番です。

●また、ACR/NPFだけアバタセプトについて言及しており、繰り返す重症感染症がある場合にTNF阻害薬の代替薬として推奨されています。

 

JGM-PsA

●生物学的製剤の優先順位について記載は多くないですが、末梢関節炎についてはcsDMARDsが不応時、TNF阻害薬、IL-17阻害薬、IL-12/23阻害薬の順番で推奨しています。

 

JAK阻害薬

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●EULAR 2015年時点の推奨では全く言及がなかったJAK阻害薬が2019年の改訂では生物学的製剤が無効の際にPhase III、IVで推奨されています。

●GRAPPAでも2020年版で初めてJAK阻害薬が登場し、かつ生物学的製剤と同列として記載されています。

●これはJAK阻害薬の疾患活動性抑制効果や一部では骨破壊への抑制効果が示されてきたためです。

●ACR/NPF 2018では、TNF阻害薬、IL-17阻害薬、IL-12/23阻害薬の次の選択肢としてJAK阻害薬であるトファシチニブが挙げられていますが、患者の経口志向に応じて処方する事が勧められています。

●JGM-PsA 2019では調査時点までの有効性や安全性(帯状疱疹、悪性腫瘍など)の十分なデータがないという事からその使用に関しては慎重な姿勢です。

●なお、有効性や安全性について日々エビデンスが出現しており、今後JAK阻害薬の立ち位置は関節リウマチ同様に生物学的製剤と対等、ないしはそれよりも優先される可能性すらあると考えます。

●2021年9月現在、国内ではトファシチニブ、バリシチニブ、ウパダシチニブの三剤が乾癬性関節炎の適応が通っています。

 

PDE4阻害薬

●PDE4阻害薬は皮膚病変と末梢関節炎に対して効果がある事が分かっているが、関節破壊抑制効果、体軸関節炎への有効性は明らかではありません。

●EULAR 2019では軽症でcsDMARDs不応、生物学的製剤やJAK阻害薬が適切でない時に推奨されていますが、GRAPPAでは末梢関節炎、付着部炎、指趾炎、爪病変、皮疹に対して他の生物学的製剤やJAK阻害薬同様に強い推奨となっています。

●ACR/NPFではTNF阻害薬に禁忌があり、経口薬を患者が希望する時の選択肢として挙げられています。

●JGM-PsA 2019では明確な推奨は記載されていませんが、皮疹や末梢関節炎には有効と記載されています。一方で関節破壊抑制効果はないとされています。

 

推奨・ガイドラインをどう使い分けるか?

●末梢関節炎、体軸性炎、付着部炎などの単一の筋骨格系症状が主である場合、初学者であれば、EULARの治療アルゴリズムが最も使いやすいと思います。

●しかし、ここに示されていない症状(皮疹、爪病変、指趾炎など)が強く前面に出る場合は、どの治療フローを進むべきか悩むと思います。

●GRAPPAの推奨はその点、全ての症状(ドメイン)に対する治療選択を示しているため使いやすいです。

●しかし、複数のドメインが同時に起こった場合、疾患の全体像を把握した上でそれぞれの病態に応じた薬剤を選択する必要がある事が難しい点があります。

●さらに薬剤毎の優先順位も設けていません。これは臨床医が患者の病態、合併症、患者の希望、コストなどを多面的に考えて治療選択をするように設定されているためです。状況によっては初期治療をスキップして迅速強化療法もできるようになっています。これらの観点からは玄人向きと言えるでしょう。

●実臨床ではEULARとGRAPPAのどっちかというよりも、両方を組み合わせて診療するのが良いと思います。

●ACR/NPFのガイドラインは、とある臨床シナリオにおける2つの薬剤の優劣をつけている点で前二者と性質が異なります。ただし、シナリオが煩雑で初学者向けでは全然ありません。

●しかし、ある薬剤が不応というシナリオの場合に、次の選択に迷う状況では、各薬剤の優劣をつけてくれている本ガイドラインは有用だと思います。

●注意しなければならないのは、二薬剤間での比較試験が乏しい現状ではエビデンスよりも作成したエキスパートの意見に基づく推奨となっている点です。

●日本で保険診療を行う上では、乾癬性関節炎診療ガイドライン2019を参考にする事は有意です。

●薬剤間の優劣は多くの場合つけていませんが、エビデンスが不足する領域であり、当然の態度だと思います。
●なお、乾癬性関節炎ではないですが、日本皮膚科学会より乾癬における生物学的製剤の使用ガイダンス(2019年度版)が出されています。

●副作用が発現しやすい患者への注意事項と安全対策マニュアルが充実しており、生物学的製剤を使用する前には必ず一読する事をお勧めしたいです。

 

参考文献

  1. Gossec L, Baraliakos X, Kerschbaumer A, de Wit M, McInnes I, Dougados M, et al. EULAR recommendations for the management of psoriatic arthritis with pharmacological therapies: 2019 update. Ann Rheum Dis. 2020 Jun;79(6):700–12.
  2. Coates LC, Kavanaugh A, Mease PJ, Soriano ER, Laura Acosta-Felquer M, Armstrong AW, et al. Group for Research and Assessment of Psoriasis and Psoriatic Arthritis 2015 Treatment Recommendations for Psoriatic Arthritis. Arthritis Rheumatol Hoboken NJ. 2016 May;68(5):1060–71.
  3. Coates LC, Soriano E, Corp N, Bertheussen H, Callis-Duffin K, Campanholo CB, et al. Op0229 the Group for Research and Assessment of Psoriasis and Psoriatic Arthritis (grappa) Treatment Recommendations 2021. Ann Rheum Dis. 2021 Jun 1;80(Suppl 1):139–40.
  4. Singh JA, Guyatt G, Ogdie A, Gladman DD, Deal C, Deodhar A, et al. Special Article: 2018 American College of Rheumatology/National Psoriasis Foundation Guideline for the Treatment of Psoriatic Arthritis. Arthritis Care Res. 2019 Jan;71(1):2–29.
  5. 乾癬性関節炎診療ガイドライン2019 日本皮膚科学会乾癬性関節炎診療ガイドライン作成委員会