ばち指~鑑別と機序~
関節痛の患者で、ばち指を認めたら何を疑うか??
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答えは肥大性骨関節症ですが、ばち指の鑑別や機序について改めてまとめてみました。
まず、ばち指ですが、
『片側または両側の無症候性の指趾遠位指節骨の肥厚』を特徴とする所見です。
※ちなみに問題にもありました、有痛性のばち指は肥大性骨関節症を示唆します。
ばち指の歴史は古く、ヒポクラテスによって2500年以上前に、記述された最も古い身体所見と言われております。
以下にばち指の所見をお示しします。
ばち指の所見
正常では爪と爪郭の形成する角度(Lovibond角)が180度未満(167度)ですが、
ばち指では180度以上になります。
また、
正常ではDistal phalangeal depth(遠位指節骨の深さ)<Interphalangeal depth(指節間の深さ)ですが、
ばち指ではDistal phalangeal depth(遠位指節骨の深さ)>Interphalangeal depth(指節間の深さ)となります。
さらに正常では、上記の通り、爪を合わせるとダイヤモンド型の隙間ができますが、
ばち指ではこれが消失します。これをSchamroth's sigh(シャムロス徴候)と言います。
ただ、Schamroth's signは他の所見と比べると正確性に欠けるとの事です。
また、その他にも爪の両サイドを検者の指で押さえて、患者の爪の近位側を押すと、『爪が浮いているような所見』が得られることも特徴的だそうです。
ばち指の鑑別
●ばち指の鑑別は片側性か両側性でやや変わり、両側性の方が圧倒的に多いです。
●肺癌は非小細胞性肺癌に多いとの事です。
※ただし、両側性の中でCOPDもばち指の原因として挙げられていたりと、この鑑別の表の信憑性は定かではありません。
●上記の鑑別とは別に偽性ばち指なるものがあります。慢性腎臓病や全身性強皮症による末節骨の非対称的な骨溶解によりあたかもばち指のように見えるもののようです。鑑別点は偽性ではLovibond角は180度未満を保つ事だそうです。
ばち指の機序
ばち指の病理所見では、
毛細血管密度の増加、毛細血管拡張、線維芽細胞や血管平滑筋の過形成などが観察されます。
ばち指の原因として、以下の3つが挙げられております。
①異常血管新生
②低酸素血症
③慢性炎症
1. 異常血管新生
●血小板の大元である巨核球は骨髄静脈洞近傍に移動し、静脈洞の内皮細胞を貫通するproplatelet(血小板前駆体)と呼ばれる細胞質の突起を伸ばします。
●その遠位端は血小板と似た構造で、巨核球から様々なサイズで分離し、骨髄静脈洞から大静脈を経て、肺循環に至ります。
●巨核球は骨髄からは出ないとされてきましたが、近年、肺の毛細血管に巨核球やその細胞質が存在していることが判明し、血小板前駆体から血小板を全身循環へ供給する場として肺が注目されております。
●万が一、肺循環にシャントが生じると、巨核球やその細胞質が全身の循環に入り、末梢血管に嵌頓します。
●そこで血小板や巨核球は活性化し、局所の間葉系の成長に関わる血小板由来成長因子(PDGF)やVEGFを分泌します。
●これにより、ばち指が起こるという考えられております。
※なお、巨核球やその細胞質の嵌頓は、足趾よりも手指に多いため、ばち指が手に多いとされております。これは足趾に到達するまでにさらに細かく分断されるため、嵌頓が起こりにくいからです。
※チアノーゼ性心疾患で血小板数は少ないのに、平均血小板容積が大きい事が観測されますが、これもシャントにより、血小板まで分断される前の巨核球や細胞質成分が末梢に到達していることを示唆しております。
2. 低酸素血症
●上述の通り、VEGFが血管新生を刺激し、間葉系の結合組織、平滑筋、骨の分化を促進する事は言うまでもありません。
●VEGFは以下の通り、様々な疾患、状態で産生が亢進することが知られております。
●最も代表的な産生亢進機序は全身性と末梢性の低酸素血症です。
●末梢の血管が閉塞すればhypoxia inducible factor(HIF-1αとHIF-2α)やVEGFの発現が増加します。
●他の末梢性の低酸素血症の代表としては肺癌が挙げられます。VEGFは肺癌(特に非小細胞肺癌)から分泌され、腫瘍血管新生に関わります。
●ある研究では肥大性骨関節症を有する肺癌患者は有しない肺癌患者よりも有意に血清VEGF値が高いと言います。腫瘍切除後、VEGF値が正常化し、さらに関節症状も改善したことから、ばち指の発症機序にVEGFが関わっていることが示唆されます。
●全身性の低酸素血症でもVEGFが産生されますが、低酸素血症の程度とばち指との関連が指摘されている全身性の低酸素血症疾患は嚢胞性線維症のみです。
●全身性の低酸素血症はそれ自体が唯一のばち指の原因とはなり得ないようです。
3. 慢性炎症
●慢性炎症とばち指の関係を説明する前に、基礎知識としてプロスタグランジンE2(PGE2)がばち指に関係することを理解する必要があります。
●根拠として、慢性的にPGE2製剤を使用している患者では、肥大性骨関節症に似た症状を有します。
●また、遺伝的にトランスポート蛋白をコードするSLCO2A1や15-hydroxyprostaglandin hydrogenaseをコードするHPGDの変異ではばち指が起こることも報告されております。いずれもPGE2を分解する役割を持つ酵素の遺伝子であり、これらの変異によりPGE2値が上昇し、肥大性骨関節症に似た症状が出現します。
●上記Figure 3の通り、慢性炎症でもPGE2が産生され、それにより骨芽細胞、さらには炎症部位での活性化した内皮細胞でもVEGF産生が亢進します。
●炎症性腸疾患では粘膜でのVEGF産生が亢進する事でばち指が起こると考えられます。
●プロスタグランジンは15-hydroxyprostaglandin hydrogenaseによって肺循環で分解されますが、シャント疾患があると、分解ができず、PGE2値が高いままになり、ばち指が起こる原因となり得ます。
診断アプローチ
●ばち指を見たら、まず片側性か両側性かで分けます。
●片側性は神経疾患か血管疾患しかないので、わかりやすいです。
●両側性のばち指を見たときには関節痛の有無を確認します。
●関節痛を伴う場合は、肥大性骨関節症を考えます。
●関節痛を伴わない場合は、それぞれの症状に合わせて鑑別していきます。
●症状がなくても胸部X線ぐらいは撮影して肺癌を除外します。
予後
●嚢胞性線維症、結核、外因性アレルギー性肺炎、特発性肺線維症、アスベスト肺では予後が不良です。
●ばち指を有する肺癌患者ではPGE2が高い事が判明していることから、COX-2活性が高いと推測されました。
●I期の非小細胞肺癌ではCOX-2の過剰発現は生命予後の不良因子と判明しました。
●EGFR変異を有する進行性非小細胞肺癌の試験でもCOX-2の過剰発現がエルロチニブやゲフィチニブの抵抗性と関連する事が示されましたが、COX-2選択的阻害薬の併用により、予後が改善する事はありませんでした。
治療
●多くの場合、容姿の問題のみであるため、治療を要しません。
●肥大性骨関節症の関節痛は治療無効が多いです。
●背景疾患に対する治療(肺癌切除/化学療法/放射線, 先天性心疾患の手術)は最も肥大性骨関節症の症状を改善させる方法です。
●原疾患が治療できない場合は症状に対応する治療が必要です。
●COX-2の過剰発現がPGE2産生を亢進させ、ひいてはVEGF産生の亢進が起こるため、COX-2阻害薬が理論的には関節痛に有効です。
●経静脈的ビスホスホネート製剤の投与(e.g.パミドロネート、ゾレドロネート)は肥大性骨関節症関連の疼痛に有効でした。低用量の慢性的なビスホスホネートはVEGFを低下させる作用もあるようです。
●オクトレオチド(ソマトスタチンアナログ)はVEGFの産生を抑制するため、肥大性骨関節症に有効です。
●VEGF阻害薬(e.g.ベバシズマブ)はまだ十分な根拠が揃っていませんが、非小細胞肺癌でプラチナ製剤を含む化学療法に併用した際に生存率を上げた報告があります。
【参考文献】
(1) Callemeyn J, et al. Acta Clin Belg. 2016 Jun; 71 (3): 123-30. "Clubbing and hypertrophic osteoarthropathy: insights in diagnosis, pathophysiology, and clinical significance."
(2) Christian Lottspeich, et al. Arthritis Rheumatol . 2020 May 17. "Unilateral Hippocratic Fingers and Macaroni-Sign"