炎症性筋疾患は、筋組織の発現する遺伝子で分類できる!
特発性炎症性筋疾患は皮膚筋炎、抗ARS抗体症候群、免疫介在性壊死性筋炎、封入体筋炎、多発性筋炎、オーバーラップ筋炎の6つを含む疾患群です。
50~80%の炎症性筋疾患患者では筋炎特異的自己抗体が陽性となります(PMID=1659647/26602539)。
筋生検で得た特徴的な病理所見で例えば、封入体筋炎を診断する事は出来ますが、皮膚筋炎と抗ARS抗体症候群、皮膚筋炎と免疫介在性壊死性筋炎を鑑別することはできません。
今回ご紹介する論文は、それらの筋生検の標本から遺伝子解析を行い、それぞれの炎症性筋炎に遺伝的差異がないかを検討した論文です。しかも機械学習を用いて、疾患の鑑に有用であろう遺伝子を導き出しております。
遺伝的に違いがあれば、病理所見ではなく、遺伝子マーカーとして使用できるのではないか、という夢があるお話です。
- 患者背景
- 疾患毎の発現遺伝子Top 10
- 他の筋炎との区別に有用な遺伝子
- 皮膚筋炎と免疫介在性壊死性筋炎の鑑別
- Pathway解析
- 正常検体と比較した場合の発現遺伝子Top 10
- まとめ
- My comments
患者背景
●119人の筋炎患者
・皮膚筋炎:39人
-抗Mi-2抗体陽性:11人
-抗NXP2抗体陽性:12人
-抗TIF1γ抗体陽性:11人
-抗MDA5抗体陽性:5人
・免疫介在性壊死性筋炎:49人
-抗SRP抗体陽性:9人
-抗HMGCR抗体陽性:40人
・抗Jo-1抗体陽性抗ARS抗体症候群:18人
・封入体筋炎:13人
●対象(正常筋生検検体):20例
疾患毎の発現遺伝子Top 10
まず、10141もの遺伝子から、皮膚筋炎(DM)、抗ARS抗体症候群(AS)、封入体筋炎、免疫介在性壊死性筋炎、それぞれの疾患毎、陽性抗体毎に発現量が多い遺伝子Top 10を特定しました。ある遺伝子がある疾患で陽性となったときに、残りの筋炎と比べて何倍見れれるかを"FC"で示しております。
例えばインターフェロン誘発遺伝子のISG15は、皮膚筋炎では他の筋炎と比べて43倍見られるのに対して、正常検体では同じ遺伝子は17倍見られないということを意味します。
他の筋炎との区別に有用な遺伝子
こちらは、ある疾患を他の筋炎と区別にするのに有用な遺伝子Top 10です。
下は、それぞれの疾患で最も鑑別に有用な遺伝子の発現レベルを示したものです。
例えば、他の筋炎で発現が亢進しているACTC1とSAA1は正常検体(NT)では認めないことが分かります。一方でLOC151121は正常検体では発現が亢進しています。
→ちなみにACTC1は筋肉の再生の際に発現するタンパクをコードする遺伝子で、SAA1は急性炎症タンパクであるアミロイドA1をコードする遺伝子です。正常の筋組織では筋が壊されないので再生が必要ない、または炎症が起こらないため、これらの遺伝子発現が必要ないということでしょう。
皮膚筋炎ではISG15、MX1というI型インターフェロン誘発遺伝子の発現が亢進しています。
封入体筋炎ではMYH4というII型インターフェロン誘発遺伝子の発現が亢進しています。逆にH19は他の筋炎と比べて遺伝子発現は減弱しています。
免疫介在性壊死性筋炎ではインターフェロン誘発遺伝子のSTAT1、PSM89が低下しています。
皮膚筋炎と免疫介在性壊死性筋炎の鑑別
冒頭で皮膚筋炎と免疫介在性壊死性筋炎を病理所見で鑑別する事は難しいと述べましたが、筆者らはそれぞれ(皮膚筋炎は特に抗Mi-2抗体陽性に限る)に特徴的な遺伝子発現を認めることを特定しました。
ー皮膚筋炎(抗Mi-2抗体陽性に限る):
MADCAM1(mucosal vascular addressin cell adhesion molecure 1)
ー免疫介在性壊死性筋炎:APOA4(apolipoprotein 4)
Pathway解析
続いて、筆者らは遺伝子発現を炎症の経路ごとに分類してみました。
炎症の経路というのは例えば、細胞性免疫、液性免疫などです。
上記より、皮膚筋炎ではインターフェロン経路の遺伝子が過剰発現しています。
抗ARS抗体症候群と封入体筋炎は皮膚筋炎や免疫介在性壊死性筋炎、正常検体とは異なる以下の3つの経路を共有しています。
ーICOS-ICOSL signalling in T helper cells
ーCD28 signalling in T helper cells
ーTh1 pathway
免疫介在性壊死性筋炎では免疫学的シグナル経路の遺伝子の過剰発現は見られませんでした。
正常検体と比較した場合の発現遺伝子Top 10
免疫介在性壊死性筋炎ではαアクチンをコードするACTC1遺伝子や、筋骨格系組織がリモデリングするときに過剰発現する細胞外マトリックスタンパクをコードするTNC(tenascin C)などの筋の分化・修復に関わる遺伝子が、正常筋肉と比較して有意に発現している事が分かります。
もちろんこれは免疫介在性壊死性筋炎に特徴的な所見ではなく、他の筋炎でも当然筋肉が破壊されれば、分化・修復に関わる遺伝子発現が亢進しますが、それ以上に炎症のpathwayに関わる遺伝子発現が上回るため、上位10遺伝子に入って来ていません。
また、皮膚筋炎ではI型インターフェロンに誘発される遺伝子(ISG15、IFI6、MX1)の発現が亢進し、抗ARS抗体症候群や封入体筋炎ではII型インターフェロンに誘発される遺伝子(PSMB8、GBP2・GBP1)の発現が亢進しています。
まとめ
●機械学習により、筋生検からの遺伝子(トランスクリプトーム)データを用いて、炎症性筋疾患を分類できた。
●正常の筋組織ではACTC1とSAA1など、発現しない遺伝子が同定できた。
●組織学的に同一である抗SRP抗体と抗HMCGR抗体陽性の筋症では後者で排他的にAPOA4遺伝子の発現が亢進している。
→スタチン暴露は抗HMCGR抗体筋症のリスク因子だが、APOA4はコレステロールを末梢から肝臓への稼働を促進して排泄することでコレステロールの逆輸送に寄与する遺伝子である。
●MADCAM1は抗Mi-2抗体陽性皮膚筋炎の筋生検で特異的に発現していた。
→MADCAM1は腸の内皮細胞表面に発現し、CD4/CD8陽性T細胞表面のα4β7インテグリンと結合することで、炎症性細胞を腸へと稼働する。抗Mi-2抗体陽性皮膚筋炎の筋肉にも同じ遺伝子発現が亢進していることから、このタイプの筋炎では筋組織へのリンパ球浸潤が他の筋炎よりも過剰である可能性がある。
●皮膚筋炎はI型インターフェロン誘発遺伝子の発現が亢進している。
●抗ARS抗体症候群や封入体筋炎ではII型インターフェロン誘発遺伝子の発現が亢進している。
My comments
●炎症性筋疾患の筋組織の遺伝子解析をしたところ、病理学的に分類が難しかった疾患でも特徴的ないくつかの遺伝子発現が見られたということですが、将来的には組織での分類にと止まらず、遺伝子マーカーとして使える可能性がある話です。
●例えば、免疫介在性壊死性筋炎の組織所見はしばしば皮膚筋炎と鑑別が難しい場合があるようですが、APOA4遺伝子が陽性ならば抗HMCGR抗体陽性の免疫介在性壊死性筋炎、MADCAM1遺伝子が陽性ならば抗Mi-2抗体陽性皮膚筋炎と分類できるわけです。
●APOA4遺伝子がコレステロールの代謝経路に関係するということで、抗HMCGR抗体陽性筋症のリスク因子にスタチンの使用が繋がって来そうですね。
●また、抗Mi-2抗体陽性皮膚筋炎で高い頻度のMADCAM1はTリンパ球を引き寄せる接着因子に関わる遺伝子ですが、潰瘍性大腸炎では実はこれを阻害する抗体製剤が実臨床で使われているので、抗Mi-2抗体陽性皮膚筋炎にも有効なのではないか、と妄想が膨らみます。
●しかし、『採血で得られる末梢血ではどうなのか』が気になります。筋生検は簡単なものではないですし、侵襲を伴います。採血でわかるなら、それに越したことはないと思いました。
●正常の筋組織では発現しない遺伝子(ACTC1、SAA1)が特定されておりますが、これは逆に除外診断に使えるかもしれません。ただ、これらの遺伝子は筋組織の再生、急性炎症に関わる遺伝子で、筋炎がなくても物理的に筋肉が壊れるような横紋筋融解症などでは上昇してしまいそうです。
●皮膚筋炎がI型インターフェロンが亢進していることは既知ですが、各種抗体毎に発現している遺伝子レベルでもそれが示されたのは初めてではないでしょうか。さらにn=5ですが、抗MDA5抗体陽性の皮膚筋炎でもI型インターフェロン誘発遺伝子が亢進していることは病態に迫れる重要なデータかと思います。
●抗ARS抗体症候群や封入体筋炎ではII型インターフェロン誘発遺伝子の発現が亢進しているということでしたが、両者の臨床症状は異なるので、これがどのような意義があるかはわかりません。
【参考文献】
Iago Pinal-Fernandez et al. Ann Rheum Dis . 2020 Jun 16; annrheumdis-2019-216599. "Machine learning algorithms reveal unique gene expression profiles in muscle biopsies from patients with different types of myositis"