『抗核抗体の蛍光抗体法のパターンと対応抗体が覚えられない!!』と言う声をしばしばお聞きします。確かにそうです。
従来、抗核抗体は
①Homogeneous
②Peripheral(Homogeneousと区別できず、含まれる場合もある)
③Speckled
④Centromere(Discrete speckled)
⑤Nucleolar
の5つに分けられ、さらに、厳密には核に対する抗体ではないのですが、抗細胞質抗体を示す⑥Cytoplasmicも含まれる場合があります。
それぞれの染色パターンに対応する抗体と疾患を以下に示します。
※赤字は商業ベースで測定できる項目
AIH:自己免疫性肝炎、AIM:自己免疫性筋炎、APS:抗リン脂質抗体症候群、CD:クローン病、CLE:皮膚型エリテマトーデス、DIL:薬剤性ループス、GVHD:移植片対宿主病、HCV:C型肝炎ウイルス、JIA:若年性特発性関節炎、LcSSc:限局型全身性強皮症、MCTD:混合性結合組織病、PBC:原発性胆汁性肝硬変、RA:関節リウマチ、SjS:シェーグレン症候群、SLE:全身性エリテマトーデス、SSc:全身性強皮症
ちなみに2019年に国際分類基準が変わり、さらに細かい分類になりました…(涙)
気合を入れれば、覚えられなくはないかと思いますが、正直大変ですよね。
何か良い覚え方がないか考えましたが、そんな小手先の事はせずに、自己抗体の対応抗原が細胞内のどこにあるのか、何の役割があるのかを知ると、抗核抗体の染色パターンは簡単に理解できると思います。
そこで、本日は抗核抗体の蛍光抗体法における特徴的な染色パターンの成り立ちについて解説したいと思います。
まず、簡単に細胞の構造と機能について復習です。
細胞の構造と機能
構造
●私たちの細胞には核があり、それ以外の部分は細胞質と呼ばれます。
※https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=30131195より引用改変
●核内には核小体があり、それ以外の部分はクロマチン線維で充満しています。
●細胞質には蛋白質合成に関わるリボソームや粗面小胞体、エネルギー変換に関わるミトコンドリア、合成された蛋白質の移送に関わるゴルジ装置、蛋白質などを分解するリソソームなど様々な細胞小器官が存在します。
抗核抗体についての記事なので、まずは核の話に移ります。
●核内には核小体を除けば、クロマチン線維で充満していると言いましたが、クロマチン線維はヌクレオソームという構造物が規則正しく凝集してできたものです。
●ヌクレオソームは、いくつかのヒストンという蛋白質に2本鎖DNAが巻き付いたもので、DNAがバラバラになって絡まったり、分解されたりすることを防ぐ役割を持ちます。
※フリー素材を編集
●細胞が分裂する時、クロマチン線維はさらに凝集して、46本の染色体を形成します。
出典:https://news.mynavi.jp/article/20131113-a077/
●染色体の真ん中がセントロメアという部位です。
●細胞が分裂しないとき(間期)、クロマチン線維はユークロマチンとヘテロクロマチンの二つの形で存在します。
※Shelley Sazer, Traffic. 2018, PMID=29105235より引用改変
●ヘテロクロマチンはクロマチン線維が凝集した構造で、DNAの情報は酵素で読み取る事が出来ません。一方、ユークロマチンはヘテロクロマチンが幾分か解けた状態で、DNAの情報を酵素が読み取る事が容易です。
※https://www.pinterest.com/pin/811422057833225848/より引用改変
●ヘテロクロマチンは内核膜のすぐ内側にあるのに対して、ユークロマチンは核内全体を占めています。
●電子顕微鏡で観察すると、以下の通りです。
出典:http://medcell.med.yale.edu/histology/cell_lab/euchromatin_and_heterochromatin.php
機能
さて、続いてそれぞれの小器官の機能についてまとめたいと思います。
●核にはDNAという形で遺伝情報が保存されています。
●この遺伝情報から実際に蛋白質を作るわけですが、作ろうとするとしても、蛋白質を作る器官は核内にはなく、細胞質にあるリボソームまで情報を届けなければなりません。
●DNAは自由に核内から出る事ができないですが、それをメッセンジャーRNA(mRNA)の形に変えることで、核外にDNA由来の遺伝情報を伝える事ができます。この工程はDNAをmRNAに写し変えているため、転写と呼ばれます。
●ただし、DNAは2本鎖であり、一度に2本を転写する事ができないので、1本ずつに分解する必要があります。
●そこで登場するのがトポイソメラーゼIです。これはDNAを切断し、2本鎖DNAのねじれを解消させる酵素です。この2本鎖DNAを解く作業は当然、核内で行われます。
●2本鎖を解かれたDNAはmRNAに写し変えられます(転写)が、この時に活躍するのがRNA合成酵素であるRNAポリメラーゼです。
●RNAポリメラーゼは転写するものによってI型からIII型に分類されます。いずれもDNAからRNAを作るための酵素であるため、核内に存在します。
※出典:Akihiko Yokoyama, Front Genet. 2019, PMID=30693017
●作られたmRNAは最初はまだ無駄が多い未熟なmRNAです。この無駄な部分を取り除く過程をスプライシングと言います。mRNAを成熟させるための過程とも言えます。
●スプライシングにはU1, 2, 4, 5, 6RNA(RNP)などの蛋白質が関わっています。
●ちなみにU1RNPに対する抗体が抗U1-RNP抗体、U1, 2, 4, 5, 6RNP全てに対する抗体が抗Sm抗体になります。
●ここまでが核内で起こっている出来事です。
※出典:MBL社資料より
●成熟したmRNAが核外のリボソームに運ばれると、初めて蛋白質が合成されます。
●このとき、具体的には、mRNAを鋳型として、トランスファーRNA(tRNA)がアミノ酸を運んできて繋げて蛋白質にして行くのです。
●トランスファーRNA(tRNA)は最初からアミノ酸をくっつけているわけではなく、アミノアシルtRNA合成酵素という酵素が細胞質のリボソームでtRNAにアミノ酸をくっつけてあげています。
●ちなみにリボソームはどこから来るかと言うと、実は核小体内でリボソームRNA(rRNA)から作られています。この時活躍するのが、RNAポリメラーゼIです。
●またリボソームRNAも最初は未熟のまま出来ますが、無駄な部分を取り除く蛋白質がフィブリラリンです。こちらも核小体内に局在します。
さて、ここまで基礎を勉強してきました。何となく、こういう事か、と納得された方もいるでしょうが、いよいよ抗核抗体の染色パターンにつなげる所です。
抗核抗体の染色パターン
Homogeneous/Peripheral pattern
●上記がHomogeneousパターンです。所々黒く抜けているのは核小体です。
●Homogeneousパターンを呈するのは抗ds-DNA抗体と抗ヒストン抗体(商業ベースで提出出来ない)でしたね。
●細胞が分裂していないとき、DNAもヒストンも核内にクロマチン線維という形で充満しているのでしたね。したがって、均一に核が染色されます。
●上記がPeripheralパターンです。
●核が均一に染まっているに加えて、核の辺縁が強く染まっています。
●これはおそらくはヘテロクロマチンを反映しているのではないかと思われます。
Speckled pattern
●上記がSpeckledパターンです。Homogeneousパターンよりも核に粒々が目立ちます。
●Speckledパターンには抗Sm抗体、抗UNP(U1RNP)抗体、抗RNPポリメラーゼIII抗体など沢山の抗体があります。
●先にお伝えした通り、抗RNAポリメラーゼ抗体は核内のDNAからRNAを作り出す酵素であるRNAポリメラーゼに対する抗体です。また、抗Sm抗体と抗UNP(U1RNP)抗体は未熟なmRNAが核外に出るため無駄な部分を取り除く(スプライシング)を行う蛋白質に対する抗体でしたね。
●つまりはこれらの抗体の染色パターンは核内になるはずです。
●ここで少しおさらいですが、DNAからRNAを作るにはDNAは解けていないといけませんでしたね。それにはまずクロマチンが凝集せずにある程度解けた形、つまりはユークロマチンでないといけませんでした。ユークロマチンの分布は核内全体に渡り、まだらに分布するため、上記の抗体たちも蛍光抗体法では斑状に見えるのだと思われます。
●核小体が黒く抜けているかと思います(黄色矢印)。核小体でもRNAポリメラーゼIがあり、リボソームRNAを作っていると説明しましたが、SpeckledパターンではRNAポリメラーゼIIとIIIに対する抗体が陽性となります。
●ここでトポイソメラーゼIは?と思われる方もいるかもしれません。
●トポイソメラーゼIはDNAを解くための酵素でしたね。
●抗トポイソメラーゼI抗体は別名抗Scl-70抗体とも呼ばれます。
●当然核内でDNAを解かないと、RNAも作られないわけですので、抗トポイソメラーゼI抗体はSpeckledパターンを呈するはずです。
●しかし、特徴的なのは核小体の周囲が強く染色されるということです。
●2019年の国際分類基準ではこの特徴的なパターンをTOPOI-likeパターンとして、Speckledパターンから分類していますが、細かい事は実際に読影する技師さんかAIに任せれば良く、臨床ではSpeckledパターンを見たら、抗トポイソメラーゼI抗体(抗Scl-70抗体)も忘れない、という事だけ気にしてくださいね。
Centromere(Discrete speckled) pattern
●Centromereパターンを呈するのは抗セントロメア抗体です。
●セントロメアは染色体の中心部の領域であると説明しましたが、それを構成するCENP-B (80kD)、CENP-A (17kD)、CENP-C (140kD)という3つの蛋白質を抗原として認識するのが抗セントロメア抗体です。
●細胞が分裂する時期にしか、クロマチン線維が凝集して染色体ができないため、細胞が分裂しない時期(間期: Interphase)にはセントロメアを構成する3つの蛋白は核内に散在しています。故に黄色丸のように核内にドットが見えます。
●細胞分裂を起こしている細胞では以下のように染色体が作られ、中心部に集められます。故に細矢印のように細胞の中心に線状に抗セントロメア抗体が染色されます。
●太矢印はそこからさらに分裂が進んだ状態を指しています。
●細胞分裂は全ての細胞で起こっているわけではないですが、上記の視野に特徴的なパターンが見られれば、一発診断が可能です。
Nucleolar pattern
●Nucleolarパターンは言い換えてしまえば、見ての通り、核小体パターンです。
●核小体はリボソームRNAを合成するところと言いました。それに関わるRNAポリメラーゼIや、リボソームRNAの成熟に関わるフィブリラリンなどに対する抗体はこのパターンを呈します。
●興味深い事に、このパターンを呈する抗体は強皮症で見られやすいです。したがって『Nucleolarパターンを見たら、強皮症を疑う』と考えても良いかもしれませんね。ただし、残念ながら商業ベースで測定できる抗体はありません…(涙目)
番外編
抗SSA/Ro抗体、抗SSB/La抗体
●抗SSA抗体、抗SSB抗体はそれぞれRo蛋白(52kDa, 60kDa)、La蛋白に対する抗体です。
●Ro蛋白はRNAに結合し、安定化させる作用があり、La蛋白はRNAポリメラーゼIIIの安定化に関わります。
●重要なことはこれらの蛋白質は核内にも細胞質にも存在するという事です。
●核内に存在するときはまだらに存在するためにSpeckledパターンを呈します。
●一見Centromereパターンに似ているかと思いますが、大きく異なるのは、分裂する細胞では中心に染まりを認めない事です(黄色丸)。
●Ro蛋白とLa蛋白は互いに隣接するため、抗SSA抗体と抗SSB抗体は一緒に陽性になる事が多いです。
●抗SSA抗体は単独もしくは抗SSB抗体と一緒に検出されますが、抗SSB抗体だけが陽性となる事はほとんどなく、過去の大規模な試験の結果では2%前後と言われています(PMID=25735642)。
抗ARS抗体
●抗ARS抗体は抗ARS抗体症候群、皮膚筋炎で陽性となる抗体です。
●ARSはアミノアシル酸トランスファーRNA合成酵素の事で、細胞質のリボソームでmRNAから蛋白質を作るときにアミノ酸を運んでくるトランスファーRNA(tRNA)にそのアミノ酸をくっつける酵素でしたね。
●従って抗ARS抗体は絶対に上記の通り、核が黒く抜けるCytoplasmic(細胞質)パターンになります。
他にも抗核抗体に属する様々な抗体がありますが、上記のように、抗原が存在する場所によって、染色パターンが決まってきます。抗ミトコンドリア抗体などは言わずともCytoplasmic(細胞質)パターンになる事はもう大丈夫ですね!?
丸暗記でも良いかもしれませんが、抗原の部位と機能が分かっていると、暗記する量も減るのではないかと思っています。
それでは!!