ループス腎炎 EULAR/ERA-EDTA Recommendations 2019
ループス腎炎は全身性エリテマトーデス患者の40%に認める病態です。
2012年にEULAR/ERA-EDTAのループス腎炎ガイドラインが出ましたが、その後、カルシニューリン阻害薬の使用や、マルチターゲット療法、モニタリング、治療目標などについて新しいエビデンスが出てきたため、この度7年ぶりに改訂されました。以下にお示しします。
お忙しい方は包括的原則と、推奨の全体像だけご覧ください。
SLE EULAR recommendations 2019
●SLEについては上記の過去記事をご覧ください。
包括的原則
推奨の全体像
aPL: 抗リン脂質抗体, AZA: アザチオプリン, CNI: カルシニューリン阻害剤, CY: シクロホスファミド, ESKD: 末期腎不全, GFR: 糸球体濾過率, GoR: 推奨の格付け, HCQ: ヒドロキシクロロキン, ISN / RPS: 国際腎臓学会/腎病理学会, LOA: 合意のレベル, MMF: ミコフェノール酸モフェチル, MPA: ミコフェノール酸, RTX: リツキシマブ, SLE: 全身性エリテマトーデス, TAC: タクロリムス, UPCR: 尿タンパク質-クレアチン比
推奨の内訳
ループス腎炎が疑われる患者の検査
●"1.1"に示される蛋白尿や腎機能障害がある場合は腎生検を行う。
●軽度の臨床症状(例えば、ネフローゼに至らない蛋白尿)でも、活動的な組織学的病変と関連していることがある。
● 1970年から2016年の間に行われた腎生検のレビューでは、2001年から2016年の間に行われた尿の異常に基づく早期の生検は、同じ組織学的重症度であったとしても、転帰の改善と関連していた(Ann Rheum Dis 2018; 77: 1318–25.)。
●抗リン脂質抗体症候群性腎症(血栓性微小血管症)が予後に影響を及ぼす可能性があるため、推奨では書かれていないが、抗リン脂質抗体検査も実施すべきである。
●補体(C3/C4)とC1q、抗ds-DNA抗体も測定すべきである。
腎生検の病理学的評価
●2003年の国際腎臓病学会/腎病理学会(ISN/RPS)分類は現在でも腎生検の評価のゴールドスタンダードである。
●血栓性微小血管症(TMA)はループス腎炎の生検の最大25%で報告されているが、その予後は不明。
●間質の線維症や尿細管萎縮などの尿細管間質性病変は、予後不良と関連していた。
2003年国際腎臓病学会/腎病理学会(ISN/RPS)分類
※2018年の改訂(Kidney Int 2018; 93: 789–96.)で, IV型の分節性(IV-S), 全節性(IV-G)が削除された
免疫抑制療法の適応
●III型やIV型のループス腎炎では組織学的慢性度(chronicity)に寄らず、免疫抑制療法が推奨される。
●純V型ループス腎炎ではRAA系遮断薬を適切な期間(少なくとも3か月)使用したにも関わらず、1g/24時間以上の蛋白尿を認める患者では免疫抑制療法が推奨される。
●II型のループス腎炎は通常、特異的な免疫抑制療法を必要としないが、繰り返しの生検により、組織学的により侵襲性の高い病変に変化しやすい。
●蛋白尿が著しい場合は、見落とされていた増殖性変化を検出するために、組織学的な再評価(腎生検)を行うべきである。
成人のループス腎炎の治療
治療のゴール
●MAINTAIN試験、Euro-Lupus Nephritis Trailsの事後解析によると、12か月時点での蛋白尿は長期的な腎予後(末期腎不全のリスクや10年後の血清Cre値2倍化)を予測する最も優れた単一の予測因子であるため、12か月までに蛋白尿(蛋白Cre比)を0.5~0.7g/24時間尿未満になる事を目指す。●以前と比較して、治療開始から時間経過に応じて治療目標が設定された。
●しかしこの目標に達していなくても、50%までの患者も長期的に安定した腎機能を維持する可能性がある。
●全身性エリテマトーデスは全身疾患であるため、免疫抑制療法は腎外の症状の低疾患活動性、寛解もターゲットにすべきである。
初期治療
●コクランレビュー(Cochrane Database Syst Rev 2018;22:CD002922.)ではIII型、IV型ループス腎炎ではシクロホスファミドとミコフェノール酸モフェチル/ミコフェノール酸(MMF/MPA)の有効性は人種差はあれども同等とされている。
→アフリカアメリカ人ではMMFがより有効(Rheumatology 2010; 49: 128–40.)。
●10年間のEuro-Lupus Nephritis Trialでは低用量と高用量のシクロホスファミド(CY)の有効性は同等であり(Ann Rheum Dis 2016; 75: 526–31.)、低用量レジメンは欧州以外の地域で使用されている。このため、MMF/MPAと低用量CYの両方が寛解導入治療の第一選択肢として推奨される。
●MMFの推奨用量は2~3g/日(MPAでは1.44~2.16g/日)に変更となった。
●投与量は妊孕性、副作用、有効性、MPAのトラフ値に応じて適宜調整する。
●長期的なグルココルチコイドの副作用が明らかになったことに加えて、初期のmPSLパルス+低用量グルココルチコイド内服(<0.5mg/kg/日)が高用量と同等の効果がある事が判明してから、mPSL500-2500mgの範囲でパルスを行う事が推奨されるようになった(要領については疾患の重症度に応じて柔軟に決定する)。
●内服PSLは0.3~0.5mg/kg/日とし、3~6か月までに7.5mg/日以下に減量する。
●カルシニューリン阻害薬(CNI:タクロリムス(TAC)、シクロスポリン(CsA))の単剤またはMMF/MPAとの併用が注目されている。
●中国のRCTからTACとMMFを併用は短期的にはCYよりも優れていた報告がされた。
●第II相RCTでは、シクロスポリン類似物質であるボクロスポリンとMMFを併用した場合、MMF単独群と比較して6ヵ月後の完全奏効率が高かったが、前者の方が副作用や死亡例が多かった。
●多くのメタアナリシスでは、CNI(単独またはマルチターゲットレジメンの一部として)がループス腎炎において良好な有効性/毒性比を示す可能性が示唆されている。
→これらによって新しい声明(4.4)では、MMFとCNI(特にTAC)の併用は、特にネフローゼ症候群レベルの蛋白尿を有する症例において、治療の選択肢の一つとして含まれた。
●アジア以外の集団でのデータや、より長期の追跡調査や腎機能障害・腎不全の予防などの腎予後に関する研究が行われるまでは、CNIと『マルチターゲット』レジメンを第一選択の治療法として普遍的に推奨することはできない。
●さらに、CNIをベースとしたレジメンを選択する際には、CNI使用による腎毒性やその他の副作用を考慮する必要がある。
●純V型ループス腎炎では過去7年間に質の高いエビデンスは得られていない。
●MMF/MPAは第一選択としてIII型やIV型と同用量投与する事が推奨されている。
●CYとCNI(特にTAC)、特にCNIは単剤療法、またはMMFとの併用療法は別の選択肢となる。
●III型、IV型同様、リツキシマブ(RTX)はV型では上記の治療に反応しない患者の選択肢となるが、特発性膜性腎症を対象としたRCTではCsAに対する短期的な優位性が示されており、今後さらに優先順位が上がるかもしれない。
●ヒドロキシクロロキンは腎炎、慢性腎不全、死亡リスクの低下と関連する。
●米国眼科学会による改訂版の声明に従って、定期的な眼科スクリーニング(HCQの投与開始から5年後以降毎年、危険因子が存在する場合は開始から毎年)を無期限に継続すべきである。
→日本では開始から1年毎、リスク(腎機能・肝機能障害、累積投与量200g以上、視力障害を有する、高齢者)がある場合は半年毎。
●GFRが30mL/min未満の患者には、投与量の調整(50%減量)と発症から年1回の眼科診察が推奨される。
後療法
●MMF/MPAとアザチオプリン(AZA)は、初期段階で十分な反応が得られた場合、その後も使用し続けることが出来る。
●MMFの優位性を示したAspreva Lupus Management Study(ALMS)とは対照的にMAINTAIN試験(Ann Rheum Dis 2016; 75: 526–31.)の10年間の追跡調査では、この2つのレジメンは腎炎の再燃の点では有意差がなかった。
●MMF/MPAで寛解導入後にアザチオプリンを投与すると、再発が増加するという報告(N Engl J Med 2011; 365: 1886–95./Rheumatology 2013; 52: 480–6.)があるため、MMF/MPA投与後はそのままMMF/MPAを維持する事が勧められる。
●CY導入後はMMF/MPAとAZAのいずれも使用できる。妊娠を想定している場合や費用の点ではAZAを選択する。
●これらの薬剤は慢性的に使用すると、腎臓の副作用リスクが高まるため、CNIはV型のループス腎炎では最小有効量で使用する。
●ほとんどの腎炎の再燃は治療開始後、5~6年以内に発生する。それ以前に免疫抑制薬を中止しない事が推奨される。
●持続的な腎の寛解が達成出来たら、治療中断を考慮すべきだが、まず行うべきはグルココルチコイドの漸減である。免疫抑制薬はその後、漸減して行く。
●長期治療と長期の寛解持続期間は6年間の治療後に免疫抑制療法を中止した患者で腎炎再発リスクの低下と関連する。
●免疫抑制療法の期間は治療反応のタイミングと程度、無再発維持期間、腎外SLEの活動性、患者の希望に応じて個別化する必要がある。
無反応・難治性疾患
●標準治療で治療目標が達成できない場合は無反応または難治性疾患の可能性がある。
●治療を切り替える前に、尿蛋白の再検、アドヒアランスや薬物血中濃度測定を含めた評価が必要である。
●無反応症例ではMMF/MPA(2~3g/日)、CY、CNI(特にTAC)を含むすべての第一選択療法(単剤療法またはマルチターゲット療法)が推奨される。
●RTXのようなB細胞枯渇療法は、保険適応外ではあるが、単剤療法あるいはMMF/MPAやCYへの追加療法としても適応がある(循環中のB細胞を完全に枯渇させることで、76週での臨床的寛解が予測されている)。これはオビヌツズマブの試験で支持されている。
●RTXに反応した後、再発する事は珍しくはないが、一定の時間が経過した後に起こる。再発予防や治療のために反復投与が検討される。
●ベリムマブは、正式な適応症ではないが、RCTや観察研究の事後解析により、標準治療(MMFなど)に追加することで、蛋白尿や腎炎の再燃リスクを徐々に低下させる可能性が示唆されている。
●ループス腎炎に対するベリムマブ付加療法の有用性は第III相試験で報告された。
●最近、難治性疾患に対してRTXとベリムマブの併用療法が行われるようになってきている。
●感染症などの、グルココルチコイドや免疫抑制薬の増量の禁忌がある場合は高用量の免疫グロブリン静注(2g/kg)を検討できる。
●一方で血漿交換は適応にならない。
補助治療
●RAA系阻害薬は蛋白尿抑制作用、降圧作用があるため、妊娠していない患者では推奨される。
●腎機能低下の場合は慎重な使用と用量漸増が必要である。
●高血圧は130/80mmHg以下にコントロールすべきである。
●一般的な腎保護策(NSAIDsは回避するなど)は実践する。
●インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチン接種は強く推奨される。
●帯状疱疹の生ワクチンも安全性が確認されている。
ループス腎炎のモニタリングと予後
●最初の6~12か月の蛋白尿と血清Cre値は血尿よりも長期予後においては感度が高い指標である。
●ほとんどの研究では蛋白尿の定量化は24時間尿と相関性が高いため、スポット尿での尿蛋白/Cre比で代用できる(尿蛋白が1000mg/24時間未満の場合は低くなる)。
●治療決定に先立って、24時間蓄尿による尿蛋白検査が望ましい。
●抗ds-DNA抗体の上昇は再発と関連しているが特異性は低めである。
●抗C1q抗体は急性ループス腎炎と高い関連性があり、再発も予測する可能性がある。
●腎生検を再検する事は免疫抑制療法が無効の場合に、活動性が持続しているか、不可逆的な腎障害が起こってしまっているかを区別するため、あるいは再発の場合に考慮される。
●ループス腎炎後の組織学的変化は40~76%に認められ、典型的にはV型からIII~IV型に変化する。
●免疫抑制療法後の腎生検再検では完全に寛解している患者でも30%に組織学的活動性が継続していることから、臨床的治療反応と組織学的な反応の間に不一致が生じることが多い事が分かる。
●組織学的活動性の持続は、免疫抑制療法を減量して行った場合に、腎炎の再燃を強く予測する。
ループス腎炎における末期腎不全の管理
●最近の研究ではループス腎炎における末期腎不全のリスクは15年間で10%未満まで低下している。しかし、患者の中には不可逆的な腎障害に進行し、罹患率や死亡率のリスクを高める患者もいる。
●腎代替療法を受けた後は通常、病状は沈静化し、再燃(腎性、腎外性)の発生頻度は低くなるが、それでも発生する可能性はある。
●腎代替療法の中でも血液透析と持続的腹膜透析は、後ろ向き比較研究では同程度の患者生存率を示す。
●対照的に腎移植は10年生存率が高い。米国のデータによると、腎移植を受けたループス腎炎性末期腎不全患者は受けていない患者と比較して死亡率が70%減少する。
●先制移植を受けている患者はごく一部だが、その10年生存率は94%であり、腹膜透析の76%、血液透析の42%と比較して高いため、移植が他の腎代替療法よりも優先される場合がある。
●移植は遅らせるべきでなく、血清学的な活動性のみがある場合でも安全に行う事が出来る。
●移植された腎臓でループス腎炎が再発する事は臨床的にほとんどない。
●移植されたループス腎炎患者は免疫抑制薬の影響で日和見感染のリスクが高まる
抗リン脂質抗体症候群とループス腎炎
●抗リン脂質抗体症候群関連腎症は稀であるが、抗リン脂質抗体によって誘発される血管性腎症の異なるタイプである。
●血栓性微小血管症(TMA)が抗リン脂質抗体症候群関連腎症の特徴として考えられているが、TTP/HUS、悪性高血圧症、補体介在性TMAなどでも類似病態があるため、TMAは病因ではない。
●抗リン脂質抗体症候群の治療指針となる対照研究はない。
●HCQに加えて、抗血小板薬や抗凝固薬が推奨される。
●RAA系阻害薬は疾患の進行を遅らせる可能性がある。
ループス腎炎と妊娠
●UPCRはRAA系阻害薬(妊娠第一期に催奇形性を起こすため禁忌薬)を用いずに500mg/g未満にコントロールする事が理想的である。
●グルココルチコイド、AZA、CNI、HCQは使用可能だが、妊娠中も授乳中も安全な用量で継続しなければならない。
●妊娠を予定よりも6か月前にMMFを中止する事で、代替薬の忍容性と有効性を評価する事が出来る。
●妊娠中に安全性のある治療に反応しない重篤な再燃が起こった場合はリスクとベネフィットのバランスを考慮した上で、妊娠の中止や胚毒性のある薬剤の使用を検討する事もある。
小児ループス腎炎の管理
●小児のSLEは成人のSLEと比べて腎病変を呈する事が多く、腎炎が50%以上の患者で見られる。
●2012年のEULAR/ERA-EDTAの勧告以降、小児SLEとループス腎炎の専門家で構成される欧米のグループが小児発症ループス腎炎の管理に関する勧告を発表しているが、どちらも成人の研究データに基づいている。
●診断、治療、モニタリングは成人のループス腎炎の指針に従う。
小児の投薬量
IV: Intravenous; MP: メチルプレドニゾロン; BSA: Body surface area; CKD: 慢性腎臓病
これからの研究課題
診断
●様々な民族における臨床症状、組織病理学的特徴、治療への反応、予後因子、遺伝的背景(例:APOL1)
●国際腎臓学会/腎臓病理学会の分類基準の改訂(進行中)
●非定型ループス腎炎:ポドサイトパチーとpauci-immune lupus nephritis、その他
●非ループス(または抗核抗体陰性)糸球体腎炎へのアプローチ
●腎炎再発の定義
既存の治療法と疾患モニタリング
●アジア人以外の患者におけるカルシニューリン阻害薬の有効性
●ループス腎炎におけるB細胞標的療法(例:ベリムマブ、リツキシマブとベリムマブの組み合わせ、オビヌツズマブ)、サイトカイン阻害薬
●腎線維症のイメージング
●治療期間と中止
●長期で発生する臓器ダメージ
●定期的な腎生検の再検:早期 vs 後期、再検の意義
●高血圧、肥満、脂質異常症などのループス腎炎の進行における非免疫メカニズム
●患者教育プログラムの影響
●抗リン脂質抗体症候群関連腎症におけるエクリズマブの役割
病態生理とバイオマーカー
●分子Signatureまたは他のバイオマーカーに基づくサブグループのリスク層別化
●ループス腎炎の種類と活動状態(尿細胞、Omicsなど)を分類するための非侵襲的方法
●腎前駆細胞及びループス腎炎におけるそれらの増殖
●ループス腎炎の腎臓修復
●Liquid biopsyのためのバイオマーカー
試験のデザイン
●分子Signatureまたはバイオマーカーに基づくサブグループのリスク層別化
●革新的なトライアルデザイン
●『標準治療』の最適化
●臨床試験のエンドポイントの良い定義
【参考文献】
Fanouriakis A, et al. Ann Rheum Dis. 2020 Mar 27. pii: annrheumdis-2020-216924. "2019 Update of the Joint European League Against Rheumatism and European Renal Association-European Dialysis and Transplant Association (EULAR/ERA-EDTA) recommendations for the management of lupus nephritis."