強皮症患者の妊娠
Lidar M. et al. Autoimmun Rev. 2012 May;11(6-7):A515-9. Pregnancy issues in scleroderma.
【ポイント】
・強皮症患者の妊娠の成功率は関節リウマチ患者や健常者と比べてわずかに低いがそれほどではない
・しかし、関節リウマチ患者よりも外見の問題が多く、セルフエスティームが低下する
・びまん型の方が限局型よりも出産成功率が低く、流産率が高い
・胎児細胞の母体への混注(マイクロキメリズム)による免疫反応が強皮症発症に関係するかもしれない
・強皮症では心、肺、腎が侵されるため、妊娠時にチェックを行う
・びまん型では発症4年以内は強皮症腎クリーゼのリスクであるため、妊娠は控えていただく
・自己抗体のプロファイルはチェックすべき、特に抗トポイソメラーゼ抗体(Scl-70)、抗セントロメア抗体、抗Ro/SSA抗体、抗La/SSB抗体
・下肢の潰瘍を認める強皮症患者ではAPSの抗体もチェック
《概要》
・強皮症は原因不明の結合組織疾患で肺、心、消化器、腎を侵す疾患
・発生率は2-10/100万で典型的には50-60歳代で発症する
・女性に多い(男性の3倍)が、妊娠可能年齢(15-50歳)では女性が15倍になる
《各論》
心理社会的不全
・顔面、四肢の皮膚硬化はボディイメージの不満をもたらす
・セルフエスティームが低下し、社会や性の関係を不可能にする
・過去の報告では強皮症患者は関節リウマチよりも妊娠しない(したがらない)し、子供も欲しがらない
・37%の患者が性行為時に膣乾燥や性交疼痛症を訴える
強皮症発症前の不妊
・過去の報告では強皮症が診断される何年も前から不妊の病歴があると
・強皮症患者で自然流産が健常者の2倍、不妊の問題(35歳までに妊娠が成功しない)が3倍
強皮症患者における妊孕性と妊娠
・2-5%の患者のみ妊娠に失敗する
・12-15%の患者が妊娠が1年遅れる
・妊娠の成功は37%、RAでは40%、健常者では43%
・流産率は強皮症発症後で15%、発症前で8%
・びまん型強皮症では流産率は限局型の2倍(24% vs 12%)
・1990年の報告では母体や胎児死亡は50%に上ると、一方でケースコントロールシリーズでは1-4%、早産のリスクは9%
・1987年から1996年の後方視的研究では流産は長期罹患のびまん型強皮症患者だけで早産のは26%の妊娠に認めた
・びまん型と限局型の出産成功率はそれぞれ77%、84%
強皮症と抗リン脂質抗体症候群(APS)
・二次性APSは強皮症と合併することがあり、繰り返す流産と関係
・抗リン脂質抗体の存在は、それ自体が肺高血圧症、大血管疾患、死亡率と関係
・ある報告では抗リン脂質抗体は下肢の潰瘍を認める強皮症患者の50%に見られると
胎児のマイクロキメリズムと強皮症の発症
・ある報告では胎児の前駆細胞出産後30年以上に渡り、母体の血液や骨髄に存在する
・異なる個体細胞のDNAが少量定着し、存続することをマイクロキメリズムというが、なぜ遺伝子が異なる細胞が異なる母体内で存続できるかは不明
・一般的に、細胞のキメリズム(異なる細胞が混ざること)はGVHDのような自己免疫反応(強皮症、PBC、シェーグレン症候群などのような)を引き起こす
・強皮症の女性患者では少なくとも一人息子を出産したことのある健常患者と比べて体内に男性のDNA著明に多い
・そのような患者では出産後、何年経過しても男性のDNAは高値を維持する
・どうやらこのマイクロキメリズムが強皮症を起こしているのではないかと考えられている
・子癇や子宮内発育不全などの妊娠合併症は胎児細胞の交通が増加すると増えると言われており、妊娠合併症を有する女性は強皮症になりやすい
強皮症患者の妊娠への影響
・妊娠は強皮症患者の臓器病変を悪化させ、10年生存率に悪影響を与える
・60%の強皮症は妊娠中安定し、20%は改善、20%は悪化するという
・妊娠すると強皮症のGERD症状は悪化するが、レイノー現象は改善する(全身の血管拡張が起こるため)
・妊娠中は皮膚病変は悪化しないが、産後、びまん型の場合は皮膚硬化が悪化する
・びまん型強皮症の場合、発症早期は心肺疾患や腎疾患の合併症が起こるリスクが高いため、その時期に妊娠しないように注意する
妊娠中の強皮症腎クリーゼ(SRC)
・妊娠自体がSRCのリスクと考えられている
・ある報告では86例の強皮症妊娠患者の内、2例にSRCが起こった、いずれも3rd trimesterで起こった
・強皮症腎クリーゼはびまん型強皮症の発症早期(4年以内)に発症リスクが高まるので、その時期は妊娠を可能なら回避する
・ACE阻害薬は治療に有用だが、予防には適しない上、1st trimesterで使用すると先天奇形のリスク
・妊娠の後半ではSRCは子癇発作との鑑別が難しい
・痙攣、トランスアミナーゼ・尿酸値の上昇は子癇発作らしいが鑑別が困難であればSRCの指標となる血清レニン値を測定する
・SRCと区別できたら、速やかにACE阻害薬を投与する、またはその後適応があれば緊急帝王切開も考慮する
こちらもご参照下さい。
妊娠と分娩のマネジメント
・強皮症患者の妊娠では早産とSRCのリスクに注意する
・各種臓器病変のアセスメントと推奨については下記Table 2を参照
・自己抗体のプロファイルはチェックすべき、特に抗トポイソメラーゼ抗体(Scl-70)、抗セントロメア抗体、抗Ro/SSA抗体、抗La/SSB抗体(Table 3)
・抗Ro/SSA抗体、抗La/SSB抗体はそれぞれ強皮症患者の12-37%、4%に見られる
・これらは胎児または新生児の心ブロックのリスク(胎児、新生児の心ブロックと診断された内、抗Ro/SSA抗体が陽性なのは1-2%、繰り返す妊娠では%が10倍になる)
・妊娠16週から1-2週毎の心エコー、産科エコーが推奨
・心、肺、腎、股関節の可動域に問題がなければ経腟分娩でも構わない
・肺線維症や胸壁病変による肺炎像が見られなくても重篤な拘束性換気障害が起こり得る
・1st trimesterで肺機能検査を行うべき、必要であれば最終trimesterまで繰り返す
・主要臓器病変、重篤な筋骨格系の制限がある場合は帝王切開も検討
麻酔管理上の問題点
・皮膚硬化はルート確保や血圧測定に難があるかもしれない
・小口症と合わせて挿管が困難になるかもしれない
・鼻や口の毛細血管拡張は挿管時に出血するかもしれない
・食道運動障害や食道括約筋機能不全は誤嚥を起こすかもしれない
・肺線維症、肺高血圧症、心筋線維化、心膜炎、不整脈、伝導障害、腎病変は検査すべき
・局所麻酔が禁忌で全身麻酔しか帝王切開の選択肢にないとき、意識下挿管を考慮すべき
・可能であれば局所麻酔を選択する、誤嚥性肺炎や換気不全のリスクが減るため
・血小板減少がある際には硬膜外麻酔が禁忌になる可能性あり
・手指の血流障害を防止するために分娩中も手指足趾の保温を忘れない、頻回の血圧測定による手指足趾灌流障害に注意する
・心病変や肺高血圧症がある場合は肺動脈カテーテルでのモニタリングが有用かも
・Aラインはそれ自体が末梢の血流障害を起こし、手指壊死のリスクが上がるため、非観血的血圧測定を優先する