悩ましいステロイドミオパチーについて
ステロイド治療を行っている患者が、筋力低下を訴えた時、それが原疾患によるものか、ステロイドによるミオパチーなのかいつも悩みます。今回はステロイドミオパチーについてまとめたいと思います。
【イントロダクション(3)】
・一番最初は1932年にHarvey CushingによってCushing症候群の中で報告された
・1950年代になり、グルココルチコイドが治療薬として使われ始めてから、ステロイドミオパチーの認識が高まった
・薬剤性ミオパチーの中では最もコモン
・頻度は報告によってステロイド使用患者の2-60%とまちまち(4)
【病因】
・グルココルチコイドは蛋白合成を減少させ、異化を亢進させる(3)
・グルココルチコイドは糖新生の基質であるアミノ酸を提供する中間代謝に影響して、骨格筋に直接異化作用を及ぼす
・グルココルチコイド受容体のアンタゴニストによって筋傷害が防止できるため、グルココルチコイド受容体の活性化が関与すると考えられている
・実験モデルでは、グルココルチコイド療法がインスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達を阻害することで、筋細胞のアポトーシスが増加する
・Akt1(Aktの主要なアイソフォーム)として知られるタンパク質キナーゼ活性を持つ細胞内シグナル伝達分子は、グルココルチコイドとIGF-1に対する筋の萎縮と肥大反応において重要な役割を持つ
・グルココルチコイドによるAkt1の抑制によって、筋肉タンパク質を分解するユビキチン-リガーゼ-アトロギン-1(MAFbx)の量が増加する
・IGF-1シグナル伝達は筋萎縮を抑制し、筋肥大を誘導するAkt1の活性を増加させる
・ユビキチン化による筋肉分解の増加に加えて、グルココルチコイド自体も筋肉の分化を低下させる
・この効果は、筋肉の発達と再生のための主要な転写スイッチであるMyoDのユビキチン化を介した分解の促進によって仲介されているよう
【リスク】
・高齢者
・担癌患者
・負の窒素バランス(異化状態)
・呼吸筋を侵す疾患(3)
・低活動性(3)
・一方、デキサメタゾンとフェニトインの併用ではリスクが下がる
→理由は明らかではないが、フェニトインによるデキサメタゾンの肝臓代謝の誘導によるのかもしれない
【臨床所見】
・典型的には緩徐な近位筋優位の筋力低下とそれに続く筋萎縮
・脊柱起立筋もしばしば侵す(2)
・上肢より下肢の方が先に早く症状が起こり、重症となる
・筋肉痛や筋把握痛はない
・問診では椅子からの立ち上がり、階段昇降、頭上の作業が困難になることを聞き出す
・MMTも良いが等尺性筋力(関節を動かさない筋収縮)を測定するのも簡便で有効である(2)
・症状発症の時間的経過(治療開始後数週間から数ヶ月)には大きなばらつきがあり、部分的にはグルココルチコイド用量による
・報告では連日のデキサメタゾンで治療された原発性脳腫瘍患者の報告では2/3が治療3-4か月で症状が出現した
・満月様顔貌、バッファローハンプ、糖尿病、気分の変化、皮膚の脆弱性、骨粗鬆症などのクッシング症候群の他の特徴がしばしば存在する
・全身性悪性腫瘍患者のステロイドミオパチーでは、呼吸筋も侵されることがある
グルココルチコイド投与量との関係
・発症までの投与量と投与期間はまちまち
・数週間の低用量ステロイドで発症する患者もいれば、数か月または数年の高用量ステロイドを投与されてもミオパチーを発症しない患者もいる
・しかし、プレドニゾン10mg/日未満の場合はステロイドミオパチーは稀
・グルココルチコイドの投与量が多いほど、ミオパチーを発症する可能性が高くなり、筋力低下の発症が早くなる
・40mg-60mg/日以上のプレドニゾンでは2週間以内に臨床的な筋力低下が起こり、1か月以内にほとんど全例で幾分か筋力低下が生じる
グルココルチコイド製剤
・全身性グルココルチコイド療法で起こりやすい
・吸入グルココルチコイドによるものはめったにない(J Neurol Sci. 2014 Mar 15;338(1-2):96-101.)
・高用量の吸入グルココルチコイド服用患者は、投与量の20-40%が吸収され、全身徴候がでることがあるが、グルココルチコイド療法の中止で改善するのは数例のみ
・硬膜外グルココルチコイド注射後のミオパチーの報告もある
・非フッ素化ステロイドであるプレドニゾンやプレドニゾロンよりもフッ素化ステロイドであるデキサメタゾン(デカドロン)やベタメタゾン(リンデロン)、トリアムシノロン(レダコート、ケナコルト)でミオパチーのリスクが高い
【診断】
・確定的な診断方法はない
・アルドラーゼ、AST、CKは正常が基本(3)
・CKやアルドラーゼは若干上昇していても良い(3)
・ただし重症患者では50%にCK上昇が見られる(3)
・尿中3-メチルヒスチジン(3-MH)/クレアチニン比の増加が有用であるという報告あり
→ただし、食事や薬剤、運動により増減する可能性あり
・%クレアチン尿も診断に用いられてきたが診断率は高くなく、推奨されない
・ほとんどが筋電図は正常または軽度の運動神経の低振幅と低活動性が見られる程度(2)
→晩期には異常が出ても良い(3)
→ステロイドミオパチーでは2b型筋線維の萎縮が起こるが、筋電図では1型筋線維の異常しか検出できないためである(2)
・診断はグルココルチコイド暴露の病歴と時期、他のミオパチーの原因の除外に基づく
・MRIで炎症性ミオパチーを除外する
・筋力低下が起こる用量がまちまちであるのと同様に十分な用量減量も患者によって変わる
・一般的に十分な用量減少(10mg/日未満)後、3-4週間以内に症状が改善する
【病理(2)】
・壊死や炎症の兆候はない(1)
・2b型筋線維(=白筋、速筋)の萎縮が特徴的
→2b型筋線維は高い解糖系を持ち、酸化活性は低い筋線維である
・ただし2型筋線維の萎縮は年齢や神経障害、慢性疾患による筋疲労でも起こり得る
・重症の場合は1型筋線維(=赤筋、遅筋)も萎縮する
・グルココルチコイドの退薬後も筋萎縮は起こり得る
・病理で2b型筋線維の萎縮を見る感度は高いが特異度は低い
→中枢神経障害による麻痺、廃用性萎縮、低栄養、高齢者でも見られる(4)
【鑑別診断(4)】
・炎症性ミオパチー
・薬剤誘発性ミオパチー(100g/日以上・10年以上のアルコール飲用者、スタチン使用者)
・糖尿病性筋萎縮症
・甲状腺機能亢進症、副甲状腺機能亢進症、高アルドステロン血症に伴うミオパチー
・低カリウム性ミオパチー
・周期性四肢麻痺
・重症筋無力症
炎症性ミオパチー vs ステロイドミオパチー
・グルココルチコイドは炎症性ミオパチー(皮膚筋炎、多発性筋炎、またはHIVミオパチーなど)の治療に使用されている場合は、原疾患の悪化か、ステロイドミオパシーによる筋力低下か区別する問題がしばしば起こる
・グルココルチコイド療法が開始してから1か月以上経過した後の筋力低下で、他のクッシング症候群の症状が存在する場合、CK値などが正常の場合はステロイドミオパチーを疑う
・グルココルチコイドを減量して筋力をフォローしていく。十分な用量減少後3-4週間で症状が改善する場合はステロイドミオパチーを疑う(炎症性ミオパチーでは症状は悪化する)
・筋電図と筋生検は鑑別に役立つことがあるが通常は必要ない
以下は文献(3)からt転載した炎症性ミオパチーとステロイドミオパチーの鑑別点です
グルココルチコイドと神経筋遮断薬
・大量の静脈内グルココルチコイドと神経筋遮断薬を必要とする患者(しばしば重症の喘息で機械的換気が必要なため)は、重症びまん性近位および遠位筋筋力低下を特徴とする急性の重症疾患ミオパチー(Clitical illness myopathy)を発症することがある
・頻度はステロイドと神経筋遮断薬の併用の30%であるという報告がある
・重症疾患ミオパチーの電気生理学的所見には、正常から低振幅の運動反応、正常またはほぼ正常な感覚電位と組み合わされた短期間の運動単位電位が含まれる
・針筋電図は、早期または通常のフルリクルートメントを示す
・病理所見はミオシンの喪失
・血清クレアチンキナーゼ(CK)の上昇は、患者の約半数に見られる
・重症疾患ミオパチーは通常数週間から数ヶ月で元に戻るが、長期的なICU滞在と入院期間の増加をもたらす
・治療はできるだけ早くグルココルチコイドの中止または減少
【治療と経過】
・十分な用量減少後3-4週間以内に筋力低下が改善し始め、グルココルチコイド療法が中止できれば最終的にすべての患者で改善する
→逆に改善しなければ他の疾患の可能性を考慮する
・デキサメタゾンなどのフッ素化ステロイドを使用している患者ではグルココルチコイド療法から離脱できない場合はプレドニゾンなどの非フッ素化ステロイドに変更する
・投与方法を隔日投与にする
・運動療法が推奨される(Med Sci Sports Exere. 1998 Apr;30(4):483-9.)
・IGF-1、分岐鎖アミノ酸、テストステロン、nandrolone、DHEAが試験的に使用されることもある(3)
【参考文献】
(1) UpToDate "Glucocorticoid-induced myopathy" Last updated: Oct 17, 2017.
(2) Minetto MA, et al. Endocrine. 2018 May;60(2):219-223. "Diagnostic work-up in steroid myopathy."
(3) Pereira RM, et al. Joint Bone Spine. 2011 Jan;78(1):41-4. "Glucocorticoid-induced myopathy."
(4) 今日の診療サポート"ステロイドミオパチー"