DPP4阻害薬がRS3PEや関節リウマチなどが発症する、などという症例報告、ケースシリーズは探せばいっぱい出てきます。ただ、それが本当なのか、未だに分かりません。
今回は『DPP4阻害薬使用により自己免疫疾患の発生リスクが上がるのか』を研究した大規模な後ろ向きコホート研究をご紹介致します。
今まで欧米からの大規模コホートがいくつかありましたが、今回のものは、同じアジア圏である台湾からの報告です。
Backgrounds
●DPP4はジペプチジルペプチダーゼ-4の略語でCD26としても知られる。
●DPP4はプロリルオリゴペプチダーゼファミリーに属する膜貫通II型糖蛋白質で線維芽細胞、内皮細胞、上皮細胞、マクロファージ、Tリンパ球など、様々な細胞に発現する(PMID=12892317)。
●幅広く分布するため、免疫細胞の走化性、シグナル伝達、T細胞媒介性免疫応答、リンホカイン合成など様々な生理学的プロセスに関与すると考えられている(PMID=16277701/17098089/21404914)。
●DPP4阻害薬はグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)、グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)を増加させることにより、血糖値を下げる。
●しかし、使用により、RS3PE(PMID=22275459)、関節炎(PMID=23462883)などの発症などのいくつかの報告がある。
●今回はDPP4阻害薬と自己免疫疾患の関連について調査した。
Patients & Methods
●台湾の人口の96%をカバーする国民健康保険システム(NHI)のデータベースを使用。
●2009年1月1日から2013年12月31日までに登録された20歳以上の糖尿病患者からデータを抽出。
●参加者をDPP4阻害薬使用群と非使用群に分けた。
●除外基準
-1月糖尿病
-20歳未満または80歳異常
-登録前に後天性免疫不全症候群または悪性腫瘍と診断された方
-インクレチンベースの薬剤を使用していた方
Results
Patients characteristics
●2009年1月1日から2013年12月31日までの間に2型糖尿病と診断されたのは2163659人。
●除外基準を適応した後、2型糖尿病1959039人が対象となった。
●DPP4阻害薬使用群、非使用群でマッチングを行ったあと、両群に387099人の患者が組み込まれた。
●以下に背景を示す。
※ここで示されているSMDは標準化平均値差(Standardized Mean Difference)という指標で、簡単に言うと『0』であれば両群に差がなく、『<0』では実験群、ここではDPP4阻害薬使用群で非使用群よりも平均値が低く、『>0』であれば、DPP4阻害薬使用群で非使用群よりも平均値が高い事を意味します。
結果的にほとんどの項目が限りなく『0』に近い値であり、両群で差がない事が分かります。
自己免疫疾患発生リスク解析
上記は累積発生率曲線ですが、これを見ると、自己免疫疾患全体、関節リウマチ、乾癬、強直性脊椎炎はDPP4阻害薬を使用する群で発生率が低い事が言えます。
その他の疾患についてもハザード比が示されています。
SLEやシェーグレン症候群でもDPP4阻害薬使用群で発生リスクが低い事が分かります。
なお、この表は年齢、性別、2型糖尿病診断期間、併存疾患(高血圧症、脂質異常症、虚血性心疾患、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病、肝硬変)を含む交絡因子について調整されています。
感染症発生リスク解析
DPP4阻害薬使用群と非使用群で2型糖尿病患者の感染症の発生について、ハザード比を解析したところ、DPP4阻害薬使用群で感染症の発生率の低下が見られました(調整HR 0.45 95%CI 0.44~0.46, P<0.001)。
調整因子は、年齢、性別、2型糖尿病の診断期間、併存疾患(高血圧症、脂質異常症、虚血性心疾患、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病、肝硬変)、薬剤(経口血糖降下薬、インスリン、ステロイド、スタチン)。
自己免疫疾患発生リスクのサブグループ解析
DPP4阻害薬使用群と非使用群で、上記の項目についてサブグループ解析を行ったところ、若年患者(20~40歳代:HR 0.47、95%CI 0.35-0.61、41~60歳:HR 0.50、95%CI 0.46-0.55、61~80歳:HR 0.63、95%CI 0.58–0.68, P=0.0004)と若年ほど、自己免疫疾患の発生リスクが低い事が分かりました。
またその他にも、糖尿病の罹病期間が短いほど(2型糖尿病罹病期間0~5年:HR 0.48、95%CI 0.44-0.52; 6~10年:HR 0.48、95%CI 0.43-0.53 ; ≧10年:HR 0.86、95%CI 0.78–0.96、P<0.0001)、自己免疫疾患のの発生リスクが低い事が分かりました。
さらに、チアゾリジンジオンの使用歴のない患者はDPP4阻害薬使用群で自己免疫疾患の発生リスクがより減少していました(HR 0.55、95%CI 0.52–0.59 vs. HR 0.69、95%CI 0.58–0.81、P=0.015)。
年齢(20~60歳 vs 60歳以上)、糖尿病の罹病期間(0~10年 vs 10年以上)で再度サブグループ化した後も、DPP4阻害薬使用群の自己免疫疾患の発生率の低下が見られました。
異なるタイプのDPP4阻害薬間での自己免疫疾患の発生率の比較
次にシタグリプチン(ジャヌビア、グラクティブ)、ビルダグリプチン(エクア)、サキサグリプチン(オングリザ)、リナグリプチン(トラゼンタ)を含む4種類のDPP-4阻害剤間での自己免疫疾患の累積発生率を比較しています。
交絡因子を調整した後のCox回帰分析の結果、サキサグリプチン群はシタグリプチン群と比較して自己免疫疾患の発生率を22%(調整HR:0.78、95%CI:0.62-0.98)、強直性脊椎炎の発生率を46%(調整HR:0.54、95%CI:0.37-0.79)減少させたのに対し、リナグリプチン群はシタグリプチン群と比較して関節リウマチの発生率を75%(調整HR:0.25、95%CI:0.11-0.59)減少させたことが明らかになりました。※統計的に有意なもののみ言及されています。
自己免疫疾患の発生におけるDPP4阻害薬の用量依存的解析
ここでは、登録された2型糖尿病患者を5年間(2009年から2013年)追跡した時の自己免疫疾患の発生におけるDPP4阻害薬の用量依存的効果を解析しています。
DPP4阻害薬の使用日数が≤180日と>180日では、若干>180日で自己免疫疾患の発生率が低いように見えますが、統計学的に有意な差はありませんでした(P=0.192)。それにも関わらず自己免疫疾患の発生率はDPP4阻害薬使用群で非使用群よりも有意に低下していました(P<0.001)。
まとめ
●台湾において、2型糖尿病患者では、DPP4阻害薬使用群で非使用群より、自己免疫疾患(特に関節リウマチ、乾癬、強直性脊椎炎、SLE、シェーグレン症候群)の発生リスクが低い。
●サブグループ解析では、若くて糖尿病の罹病期間が短い患者ほど、自己免疫疾患の発生リスクは下がる。
●DPP4阻害薬使用群で非使用群と比較して、感染症の発生リスクも低い。
My comment
●DPP4が別名CD26であると初めて知りました。
●CD26は免疫細胞の走化性、シグナル伝達、T細胞媒介性免疫応答、リンホカイン合成など様々な生理学的プロセスに関与するようですので、それを抑えることは、免疫抑制に働く、と何となく理解はできます。
●Discussionに書かれていましたが、乾癬の皮膚のケラチノサイトとT細胞の表面で、CD26(DPP4)が発現亢進している事です。したがって、DPP4阻害薬使用によりT細胞の活性化が抑制され、血糖コントロールとは別に、乾癬の皮膚病変が改善する可能性があります(PMID=22056790)。
●DPP4阻害薬に使用で感染症の発生リスクも下がる事は興味深いです。一部のウイルスなどはDPP4を介して感染を成立させるようです(PMID=23486063)。
●なお、米国からのコホート研究(PMID=24919467)や、韓国のコホート研究(PMID=30964554)でも2同様にDPP4阻害薬使用により自己免疫疾患のリスクが低下する可能性があるとのこと。
●大規模スタディは数で押し切って有意差を出してしまう点がどうしても否めませんが、それでもDPP4阻害薬の使用は少なくとも自己免疫疾患の発生リスクはあげないことはわかります。
●じゃあ”DPP4阻害薬使用により、RS3PEを発生した~””DPP4阻害薬使用により関節リウマチが発症した~”という報告は一体何なのでしょう。完全に否定せずに、慎重に考えていく必要があります。
【参考文献】
Yi-Chuan Chen, et al. Acta Diabetol . 2020 Oct; 57 (10): 1181-1192. "Dipeptidyl peptidase-4 inhibitors and the risks of autoimmune diseases in type 2 diabetes mellitus patients in Taiwan: a nationwide population-based cohort study" PMID=32318876