軟骨の減少だけが変形性膝関節症の痛みの原因か?
変形性膝関節症の患者さんが痛みを訴える時、『軟骨が擦り減っているから』と説明している医師は少なくないかと思います。広告でも『軟骨を守る』などと謳っている健康食品も多いように思います。
果たして”軟骨のすり減り”と”関節痛”が本当に関係するのでしょうか。
軟骨のすり減りと関節痛の関係については、X線で関節裂隙の狭小化の進行と膝関節痛などの臨床症状の関係性を調べた研究(PMID=9135820)があり、結果、両者に強い関係性はないと報告されています。
一方、MRIを用いた横断研究(ある一時点での研究)では、軟骨が減少している事と膝関節痛には相関関係があると報告されてきました(PMID=22012846/)。
軟骨の時間的な変化と関節痛の関係をMRIで調べた研究(PMID=26316262)では、24~48か月間の膝関節内側の軟骨のすり減りと関節痛はわずかであはあるもののの、関係性があることが報告されました(オッズ比1.3 [95% CI 1.1-1.6]; P<0.01)。
これらの事より、『軟骨を保護する事で、変形性膝関節症の痛みを和らげることが出来るのではないか』という考えが広まり、薬剤の開発が求められました。
2019年にsprifermin(FGF(Fibroblast growth factor)-18)という、軟骨の減少を防ぐ薬剤が大規模のランダム化比較試験を受け、結果が報告されました(PMID=31593273)。
しかしこの薬剤は、軟骨の減少には効果があったようですが、関節痛などの臨床症状には効果が認められませんでした。
この事は、改めて『軟骨の減少が本当に痛みと関係するのか』という疑問を湧かせてくれるきっかけとなりました。関係がないのならば、軟骨の減少を抑制する薬剤はあまり意味がない事になります。
長い前置きとなりましたが、今回ご紹介するのは、MRIで軟骨の擦り減りの時間的変化と変形性膝関節症の疼痛の関係性について調べた論文です。
既に調べられているじゃないかと思われるかもしれませんが、今回の研究では、関節痛の原因となり得ると言われている、変形性膝関節症による滑膜炎、骨髄病変についても評価しています。
My Comment
●この論文から言えることは以下の3つです。
①軟骨の経時的な減少はわずかに膝関節痛と関連する事
→0.1mmの減少がWOMAC疼痛スケール(0~20段階)で1点未満の増悪と関係
②骨髄病変がもともとある場合は、疼痛増悪しやすいかもしれない事
③軟骨の減少による疼痛増悪の14~20%には二次的な滑膜炎が関与する事
●一般的にWOMACスコアの有意な変化は2点以上(PMID=29793007)と言われていますが、今回の試験では24~36か月でわずか0~20段階で0.62~0.93しか悪化しておらず、軟骨の減少も24か月で0.1mmと少なく、もう少し長期の変化を見たいなと思いました。
→おそらく、長期の場合の成績も数年後には出してくれるでしょう。期待します。
●一方で滑膜炎も疼痛の原因である可能性が示唆されており、一部の患者さんでは疼痛がNSAIDsなどでコントロール不良の場合は、免疫調整薬(イグラチモドなど)の効果が期待できるかもしれません。
●『媒介解析』という解析を初めて知りました。ちゃんと使えるようになりたいです。
Results
●患者の背景を以下に示す。
●平均年齢は62歳で女性が59%とやや多く、BMI31と肥満が多い。
●うつ症状は10%。
●疼痛スケールの増加は24~36か月でわずか(0~20段階で0.62~0.93)。
●軟骨の減少は24か月で0.1mm。
●滑膜炎のスコアは24か月で0.23増加。
●骨髄病変のスコアは24か月で-0.45とわずかに減少。
軟骨の減少と疼痛増悪の関係
●軟骨が0.1mm減少することは24, 36か月時点での疼痛スコアの増加に有意に関連する。
→軟骨の減少は疼痛スコアの増加と関係しそう…
●もともと骨髄病変がある患者は24, 36か月時点での疼痛スコアの増加が有意に高い。
→既に骨髄病変がある人は痛みがあるという事ですね。
●一方、本文では軟骨の減少は滑膜炎の増加とも有意に関係すると書かれております。
そこで、軟骨の減少そのものが直接疼痛を起こしたのか、二次的に滑膜炎を起こして痛みを起こすのかを調べたのが以下になります。
二次的な滑膜炎と疼痛増悪の関係
→これは24か月時点での軟骨の減少に関連して二次的な滑膜炎が起こる事によって疼痛が増悪するかを調べたものですが、軟骨の減少による疼痛増悪の14%が二次的な滑膜炎を介している事が分かります。
→一方、骨髄病変はそれほど、軟骨の減少による疼痛増悪に関与していません。
同じ結果は36か月時点でも見られます。
Patients and Methods
●データはFNIH OA Biomarkers Consortium Project16(https:// nda. nih. gov/ oai)を含むOsteoarthritis Initiative(OAI) cohort,から収集。
●膝関節痛症状がある45~79歳の男女を600人を選出。4つのサブグループに分けた。
●サブグループ
①関節裂隙(内側大腿脛骨)の狭小化+持続して増強する疼痛: n=194
-関節裂隙の狭小化: ≥0.7mm
-疼痛の持続増強: ベースラインから24~48か月経過後のWestern Ontario and
McMaster Universities Osteoarthritis Index(WOMAC) pain score
(≥9 on a 0–100 scale)
②関節裂隙の狭小化がない+疼痛増悪がない: n=200
③関節裂隙の狭小化のみ: n=103
④疼痛増悪のみ: n=103
●全ての被験者はベースライン、24か月時に膝関節MRIを施行。
●軟骨の厚さとボリュームを定量し、構造的特徴をMRI Osteoarthritis Knee
Score (MOAKS)を用いて半定量した。
●軟骨の変化は0.05~0.1mmで評価。
●疼痛は上記WOMAC score(スケール0~20)を使用。
●骨髄病変の評価には独自にスコア(スケール0~45, 15か所の骨髄病変の大きさの合計)を作成(PMID=21645627)し、ベースラインから24か月後の変化を計算した。
●滑膜炎は独自にスコア(スケール0~6, Hoffa-滑膜炎、関節液の合計)を作成(PMID=21645627)し、ベースラインから24か月後の変化を計算した。
以下に本研究の計画表を示す
●軟骨の減少が24~36か月後の疼痛の増悪に与える影響を調べるために以下の媒介分析を行った。
→ここでは青の軟骨の減少による膝関節痛への直接的な影響と二次的に滑膜炎を起こす事による膝関節痛への間接的な影響の両者を調べています。
【参考文献】
Bacon K, et al. Ann Rheum Dis. 2020 May 7. pii: annrheumdis-2020-217363. "Does cartilage loss cause pain in osteoarthritis and if so, how much?"