リウマチ膠原病徒然日記

リウマチ膠原病徒然日記

リウマチ膠原病疾患に関して日々疑問になったことを中心にまとめたものです。

身体所見でPMRらしさが分かるか?

リウマチ性多発筋痛症(PMR)と言えば、『両上肢挙上困難』を思い浮かべる方は多いと思います。

 

『両上肢挙上困難+CRPなどの炎症マーカー上昇=PMR』という方程式もしばしばカルテで見られます。

 

しかし本当にそれで良いのでしょうか?身体所見でPMRらしさが分かるのでしょうか?

 

本日は解剖学的視点から、PMRの病変の部位と、身体所見の着眼点、限界点などについて迫って行きたいと思います。今回は方にフォーカスを当てています。

 

 

肩関節周囲の解剖

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左図は右肩を前方から見て、三角筋前部と中部を取り除いた図です。

肩関節には肩峰下滑液包(Subacromial Bursa)三角筋下滑液包(Subdeltoid Bursa)という大きな滑液包が2つあります。

 

滑液包は上肢を外転する際に、上腕骨頭と肩峰が摩耗する事を防ぐ役割があります。

 

この2つの滑液包は交通しているため、最近ではこれらをいちいち区別せずに頭文字をとって『SASD』と一括りにしています。

 

普段は上記の様にはぷっくりとは見えず、関節エコーでもほとんど薄い一層にしか見えないのですが、滑液包炎がある場合は、ここが目に見えて腫脹して来ます。

 

次にもう少し筋肉を取り除いた図をお示しします。

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そうすると関節包靭帯上・中・下関節上腕靭帯などから成る関節包が見えてきます。

これらの靭帯を取り除くと、ようやく上腕骨頭と肩甲骨の関節窩の間の関節唇(軟骨)が見えてきます。

 

ここで重要なのは、上腕二頭筋長頭腱が関節包内を走行するという事です。したがって上腕二頭筋長頭腱の腱鞘は関節包と連続すると言っても過言ではありません。

 

次に、右図は右肩関節を外側から見た図を示します。

肩関節の大きな筋肉と言えば、筋肉注射の部位でもある三角筋ですが、三角筋は上腕骨の三角筋粗面という一部分にしか付着していません。

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肩甲骨の関節窩よりもはるかに上腕骨頭の方が大きいため、肩関節はぐらついて仕方ありません。それを補うためにローテーターカフと呼ばれる4つの筋肉が関節の安定性を保っています。

 

それが以下の4つの筋肉です。

棘上筋 ②棘下筋 ③肩甲下筋 ④小円筋

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上図は右肩関節を外側から見た図です。

 

これを見ると、4つの筋肉は上腕骨を様々な角度から包むように付着している事が分かりますね。

 

次にこれら4つの筋肉を含めた肩関節周囲の筋肉の作用を示します。

 

肩関節周囲の筋肉の作用

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※括弧内は補助的は役割

 

表だけでは分かりづらいかもしれませんので、特にローテーターカフを構成する筋肉の作用に着目した図を以下に示します。

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肩関節の動きとは関係ないですが、上腕二頭筋は以下のように肘の屈曲に作用します。

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PMRの障害部位

身体所見に移る前に、まずはPMRで障害がある部位について考えましょう。

PMRでは古くから肩関節の周囲の滑液包炎が有名です(PMID=9214249/11361188)。

加えて、上腕二頭筋長頭腱周囲の腱鞘滑膜炎も良く聞きますよね。

PMRの画像検査の研究では、ローテーターカフの炎症も認められると言います。

その中でも棘上筋腱(PMID=25698371)と肩甲下筋腱(PMID=28293635)周囲の炎症所見の報告があります。

 

PMRの身体所見には何があるか

PMRの障害部位を知った上で、それらの身体所見をどのように取るかを考えたいと思います。重要な事は、炎症が起こっている部位にストレスをかけて痛みが出るか意識するという事です。

 

ストレスのかけ方は、滑液包炎では圧迫させるような動き筋肉や腱ではそれらの収縮を保持させる、またはそれらを他動的に伸展させる、が理解しやすいと思います。

 

肩峰下滑液包炎の身体所見

滑液包炎のため滑液包が腫脹すると、上肢を外転していったときに肩峰と上腕骨頭(棘上筋)で滑液包が挟まれて、痛みが出ます。これは自動時痛です。

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この角度が重要で、圧迫で痛みが生じるのは60~120度の間になります。

ちなみに棘上筋腱の障害でも同じ領域で痛みが生じます。

『Painful arc test』という名前がついていますが、正直どの組織にストレスを与えているのかを理解していれば、名前は覚える必要はありません。

60度未満で痛みが出る場合は違う疾患があると考えても良いでしょう。

 

また、上肢を屈曲しただけでは、肩甲骨も動いてしまい、滑液包にストレスが十分かからないため、痛みは一般的には起こりません。そして患者さんは痛みのために逃避行動を取りがちであることにも留意が必要です。

 

したがって、普通に『両腕を挙げてください』と言うと、多くの方は両上肢を屈曲してしまう可能性があります。この時、意外と出来ていてもPMRは除外出来ません

 

次に、滑液包を他動的に圧迫する方法をご紹介します。具体的には2つの方法があります。

Neerテストは患者さんが自動的に上肢を屈曲するのとは異なり、肩甲骨を固定しています。こうする事で屈曲していったときに肩峰と上腕骨で肩峰下滑液包が圧迫されます。

 

上腕二頭筋長頭腱腱鞘滑膜炎炎の身体所見

炎症がひどい場合は肘関節の屈曲だけでも痛みは生じます。

 

他動的に痛みを生じさせるには、以下があります。

上腕二頭筋長頭腱を意識すると、この徒手テストが何をしているのか理解できるかと思います。 

 

棘上筋腱炎の身体所見

自動時痛は先の『Painful arc test』でも誘発されますが、その他にも以下のような誘発テストがあります。

Empty can testは缶を空にするイメージで前腕を回内させますが、回内させないで水平屈曲30度で肩関節を外転させるFull can testというのもあります。

棘上筋腱にストレスがかかっているのがイメージ出来ますでしょうか。

 

肩甲下筋腱炎の身体所見

肩甲下筋腱炎の身体所見は以下の通りです。

Lift off test(別名: Internal rotation lag test)は肩甲下筋を伸展させるような動きですね。

Belly press testは肩甲下筋の作用である内旋をさせたときに痛みが出るかを見たものです。これがかなり有効だという論文もあります(PMID=22773322)。

 

なお、徒手テストの画像は『Reha of Passion』さんから許可を頂き、掲載しました。

作業療法士のYudaiさんがまとめているブログで、かなり勉強になります!!

 

ローテーターカフ障害に有用な身体所見

PMRではローテーターカフの障害が起こると言い、代表的な身体所見を上述しましたが、実はまだまだ沢山の身体所見があるのです。

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上記は2013年のJAMAからの『ローテーターカフ障害の身体所見』についてのまとめですが、同論文で有用な身体所見について以下の通り示しています(PMID=23982370)。

 

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これによると、黄色マーカーで示した5つが比較的特異度が高い身体所見になります。

 

この中でPainful arc testは肩峰下滑液包炎や棘上筋腱炎の身体所見でしたね。

Drop arm testは棘上筋腱炎、Internal rotation lag testは肩甲下筋腱炎の身体所見です。

 

残るのはExternal rotation lag testとExternal rotation resistance testですが、これらはPMRとはあまり関係のない棘下筋の身体所見になります。

 

External rotation lag testとは以下の通りですが、炎症のために棘上筋と棘下筋の収縮を保持できないという原理です。

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External rotation resistance testは以下の通りです。これは棘下筋を収縮させるような動きです。

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身体所見でPMRと診断できるか?

以上、色々な徒手テストがありますが、それぞれの筋肉の作用を知っていれば、そんなに難しいものではありませんね。

 

ここからは本題に入ります。

これらの身体所見で本当にPMRが診断できるのでしょうか…

 

勘の良い方はお分かりかもしれませんが、これらの身体所見はあくまでも肩峰下滑液包炎ローテーターカフ障害の身体所見です。

 

肩峰下滑液包炎やローテーターカフ障害は、当然炎症性や非炎症性を含めてPMR以外の疾患でも生じるので、これらの所見はPMRに全然特異度という訳ではありません!!

 

上腕二頭筋長頭腱の腱鞘滑膜炎について言い忘れましたが、これは上述した通り、上腕二頭筋長頭腱腱鞘は肩関節包と連続するため、肩関節炎を反映しています。

つまりは大関節型の関節リウマチ結晶性関節炎でも普通に認められる所見なのです。

 

色々と書きましたが、『PMRの身体所見はPMRに特異的ではない』という事を最後にお伝えするのは本当に心苦しいです。

 

しかし、『PMRを疑う時には、やはり関節リウマチや結晶性関節炎を考えなければいけないな』と改めて考えて頂けるきっかけになれば幸いです。

 

最後に"自論"ですが、PMRの炎症は肩関節の上部(滑液包、棘上筋)前部(肩甲下筋)に多く、後部(小円筋、棘下筋)の炎症はあまり言われていません。また肩関節炎自体はあったとしても軽症であると言われています。

 

以下の解剖図(右上腕環状断を尾側より見ている図)を見ると、上腕二頭筋長頭腱は肩甲下筋やその他の靭帯に覆われているようにも思います。上腕二頭筋長頭腱周囲の腱鞘滑膜炎もそれらの炎症が波及したものなのかもしれません。

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Subscapularis:肩甲下筋、LBT上腕二頭筋長頭腱、SGHL:上関節上腕靭帯、LCHL:外側烏口上腕靭帯、MCHL::中側烏口上腕靭帯

 

なかなか難しい特異性にかける身体所見ですが、敢えてPMRらしさを上げるとするならば、以下の①②がある事を確認すると良いかもしれません。ついでに画像検査などで③も確認するとよりPMRらしさが上がるかもしれません。

 

①肩関節上部(滑液包、棘上筋)・前部(肩甲下筋)の炎症が目立つ

②後部(小円筋、棘下筋)の炎症が目立たない

③肩関節炎もそれほど強くない

 

まとめ

●PMRでは肩峰下滑液包炎、上腕二頭筋長頭腱の腱鞘滑膜炎、棘上筋腱炎、肩甲下筋腱炎が起こる。

●それぞれの障害部位の身体所見は以下の通り。

-肩峰下滑液包炎:Painful arc test>>Hawkins test、Neer test

-上腕二頭筋長頭腱の腱鞘滑膜炎:Yergason test、Speed test

-棘上筋腱炎:Painful arc test、Drop arm test>>Empty can test(Full can test)

-肩甲下筋腱炎:Internal rotation lag test、Belly press test

●PMRの身体所見は滑液包炎や腱炎を反映したものであるが、これらの所見はPMRに特異的という訳ではない。

上腕二頭筋長頭腱の腱鞘は関節包と連続する。したがって関節炎を反映しているため、PMRに特異的という訳ではない。

●PMRの炎症は肩関節の上部や前部に多いが、後部はなく、肩関節炎もあったとしても軽症が多い。

●以下の場合は少しPMRらしさが上がるかもしれない(自論)。

①肩関節上部(滑液包、棘上筋)・前部(肩甲下筋)の炎症が目立つ。

②後部(小円筋、棘下筋)の炎症が目立たない。

③肩関節炎がそれほど強くない。

 

【参考文献】

●Job Hermans, et al. JAMA. 2013 Aug 28; 310 (8): 837-47. "Does this patient with shoulder pain have rotator cuff disease?: The Rational Clinical Examination systematic review" PMID=23982370

→ローテーターカフ障害の身体所見に関するReview

●Giorgio Tamborrini, et al. Ultrasound Int Open. 2017 Jun;3 (3): E107-E116. "The Rotator Interval - A Link Between Anatomy and Ultrasound" PMID=28845477

→肩関節前部の解剖とエコー所見についての論文

●画像『Thanks to @visiblebody