PMRの悪性腫瘍はどこまで精査する?
『リウマチ性多発筋痛症(PMR)は悪性腫瘍を合併する』という噂が巷では流行っています。少し古いですが、2010年の英国のPMR診療ガイドラインでは『活動的な悪性腫瘍を除外する』よう勧められております(PMID=19910443)。
しかし『本当に悪性腫瘍が合併しやすいのか』、するとしたら『どこまで精査するか』について明確に示した文献はありません。
そこで本日はこれらの問題について文献的考察をしていきたいと思います。
- PMRの悪性腫瘍合併のリスク比
- PMR患者での悪性腫瘍の合併率~日本からの報告~
- 一般人口での悪性腫瘍の罹患率
- まとめ:PMRと悪性腫瘍の関係性は?
- 筆者の実感
- 結局どこまで悪性腫瘍を精査すれば良いのか?
PMRの悪性腫瘍合併のリスク比
PMRの悪性腫瘍合併のリスク比について有名なのは2014年に出された6つの過去の研究のメタアナリシスです(1)。
これによると、PMRと巨細胞性動脈炎(GCA)の悪性腫瘍合併のリスク比(RR)は合わせて1.14 (95% CI: 1.05-1.22)、殊に診断後6~12か月以内に限った場合にはRR 2.16 (95% CI: 1.85-2.53)に上昇するそうです。
しかし、これはPMRとGCAを合わせたもので、PMR単独の悪性腫瘍合併リスク比を示したものではありません。PMR単独のリスク比がないかと、上記メタアナリシスが取り上げている6つの研究を見ると、一つだけPMR単独でのリスク比を算出している論文がありました。
これはイギリスで行われた1987~1999年の診療データベースに基づく研究です(2)。
PMR2877人、非PMR9942人を対象としており、平均年齢は71.6歳(SD9.0)、女性が73%、平均フォローアップ期間は7.8年(IQR 3.4, 12.3)です。
PMRと診断されたうち667人(23.2%)、非PMRと診断されたうち1938(19.5%)が悪性腫瘍を合併しました。
リスク比は以下になります。
これを見ると、PMRと診断されてから6か月以内は悪性腫瘍合併のリスクが69%上昇する事が分かります。しかし、それ以降は3~11%とあまり有意な上昇と言えません。
上記より長期的な悪性腫瘍の合併リスクはほとんど一般人口と変わらないと言っても過言ではありません。一方でPMR診断後6か月以内は悪性腫瘍の合併リスクが上昇する可能性があります。
ただし、この研究では以下のLimitationが考えられます。
①PMR診断後6か月以内に判明した悪性腫瘍は、『PMRに合併した悪性腫瘍』というよりも実は『悪性腫瘍の傍腫瘍症候群としてPMR症状が出た』だった可能性。
→これは、本当にPMRが悪性腫瘍に関連しているのであれば、全経過で悪性腫瘍の罹患リスクが高くなるはずだからです。
②診療データベースに基づく研究であるため、傍腫瘍症候群として出やすい非典型的PMRもPMRとしてカウントされている可能性。
③『そもそもPMRと聞くと医者が悪性腫瘍を一生懸命検索している』というバイアスがかかっているために、本来見つけなくても良い悪性腫瘍をPMRの診断6か月以内に多く見つけているの可能性。
生存曲線を見ても、15年間という長期の経過では、PMR患者とそうでない患者を比べて、それほど悪性腫瘍の診断率が高いわけではない事が分かります。
PMR患者での悪性腫瘍の合併率~日本からの報告~
さて、日本のPMRの悪性腫瘍合併率はどうかというと、最近テーマは異なりますが、論文内に悪性腫瘍の合併率を示している論文が2報ありました(3)(4)。以下にまとめます。
これを見ると、後ろ向きに6~8年観察した時に、PMRの平均年齢は大体70歳代で、
悪性腫瘍の合併率は11~20%と幅があるようです。
この数字が一般人口の悪性腫瘍の罹患率と比べてどうかを以下で考察しまう。
一般人口での悪性腫瘍の罹患率
国立がん研究センター がん情報サービスのホームページ(5)を見ますと、最新のがん統計が示されています。
PMRの好発年齢は60歳代後半から70歳代ですので、60歳から70歳の10年毎の悪性腫瘍罹患率を見ると、以下のようになります。
60歳の方が70歳になるまでに悪性腫瘍に罹患する確率は男性で16.2%、女性で10.3%となります。
一方、70歳の方が10年間で悪性腫瘍に罹患する確率は男性で31.7%、女性で15.4%と決して低いものではありません。
この罹患率と、『PMRの患者での悪性腫瘍合併率』を同等に比較できるものではありませんが、PMRの好発年齢では一般人口でも高率に悪性腫瘍を罹患する事が分かります。
日本人の罹患しやすい悪性腫瘍とは?
では『日本人が罹患しやすい悪性腫瘍は?』と言うと、先の国立がん研究センター がん情報サービスのホームページによると、以下の通りだそうです(2017年時点)。
男性:1位 前立腺 2位 胃 3位 大腸 4位 肺 5位 肝臓
女性:1位 乳房 2位 大腸 3位 肺 4位 胃 5位 子宮
まとめ:PMRと悪性腫瘍の関係性は?
以上よりPMRと悪性腫瘍の関係は以下の事が言えるのではないかと思います。
●PMR診断後、6か月まで(最長で12か月まで)は悪性腫瘍の診断率が高い。
→全経過でのPMRと悪性腫瘍の合併リスクは一般人口と比べて高いわけではないので、『PMRの診断6か月以内は悪性腫瘍合併リスクが高い』というよりは、最初から『悪性腫瘍の傍腫瘍症候群として出現したPMR様症状』の可能性が高い事に注意します。
→逆に1年以上経過してから合併した悪性腫瘍は『PMRに偶然合併した悪性腫瘍』と考えるべきでしょう。
●それ以降は一般人口と比較して悪性腫瘍の合併リスクが高いとは言えない。
筆者の実感
私の実感ですが、典型的PMRは、一般人口と比べて物凄く悪性腫瘍を合併しやすいという感覚はありません。
上記の通り、今までの報告でも長期的な悪性腫瘍合併率が一般人口と比べて高いわけではない事が言われています。
一方で、短期的な悪性腫瘍の合併リスクの上昇に関しては、既に述べた通り、PMRと思っていたが、傍腫瘍症候群だった可能性があります。
また、傍腫瘍症候群の場合、非典型的なPMR症状を呈する事が多い様に思います。
従って悪性腫瘍の精査に関しては、PMRを疑う時、それが”典型的なPMR症状”か”非典型的なPMR症状”かで重み付けを変えても良いのではないかと考えています。
結局どこまで悪性腫瘍を精査すれば良いのか?
それでは一番の懸念事項である『どこまで悪性腫瘍を精査するのか』という疑問について筆者の考えを述べたいと思います。
以下に要点をまとめます。
●典型的PMRでは悪性腫瘍について躍起にならなくても良いかもしれない(自論)。
●典型的PMRでの悪性腫瘍のスクリーニングは一般人口の癌検診と同じ意味合い(自論)。
●PMRの短期的な悪性腫瘍の合併リスクはPMR診断後1年以内は高いが、それは傍腫瘍症候群が原因である可能性。
●傍腫瘍症候群での悪性腫瘍のスクリーニングは原疾患を特定するために必須(自論)。
●典型的なPMRと異なり、傍腫瘍症候群では非典型的PMR症状(片側、原因不明の腱鞘炎、炎症マーカー正常)をとる可能性が高く、これらの場合もきちんと精査する。
●PMRの長期的な(診断から数年以上経過した際の)悪性腫瘍合併リスクは一般人口に比べてそれほど高くない。合併する場合は『PMRに偶然合併した悪性腫瘍』と考える。
典型的PMRの場合
過去に悪性腫瘍の検査が実施されていない場合は、年齢に応じた精査を行う。
●典型的PMRとは、以下を指します。
-65歳以上:欧米では50歳以上とされているが、日本では平均70代。
-突然発症:ドイツでは『魔女の一撃』と表現される。
-両側肩痛+両側臀部の疼痛
-肩関節可動域制限:60~120度(Rotator cuffの使用領域)で疼痛のため可動域制限あり。
-朝のこわばり45分以上:夜間の炎症を示唆する。
-不眠・うつ症状:夜間の疼痛のため。
-炎症マーカー高値:CRPが陰性のPMRは1.5%程度(PMID=30649507)
●典型的PMRは傍腫瘍症候群とは異なり、悪性腫瘍をそれほど合併しやすいわけではないと考えられます(自論)。従って悪性腫瘍のスクリーニングは一般人口における癌検診と同じ意味合いです。
●日本人が罹患しやすい悪性腫瘍の頻度に応じて、以下を適宜実施します。
-男性:GF、便潜血(CF)、胸腹部造影CT、(PSA)
-女性:GF、便潜血(CF)、胸腹部造影CT
(乳腺科コンサルト[マンモグラフィー、乳腺エコー])
(産婦人科コンサルト[経腟エコー、子宮頸部細胞診])
●最低限実施するのであればGF、便潜血、加えて癌検診ではここまでしませんが、精度の観点からはX線よりも造影CTを実施します。
●日本では、胃癌や大腸癌の検診の上限年齢は設けられていませんが、乳癌に関しては上限年齢は75歳まで2年毎(6)、子宮頸癌に関しては細胞診のスクリーニングの上限年齢は69歳まで2年毎とされています(7)。
→2年以内にこれらを受けた事がない場合は1回は勧めても良いかもしれません。
●典型的PMRだったのに、悪性腫瘍を精査したら見つかったという場合、真の『典型的PMRに合併した悪性腫瘍』なのか『悪性腫瘍の傍腫瘍症候群としてのPMR症状』なのか区別する事は難しいです。しかしPMR発症から1年未満で悪性腫瘍が発見された場合、典型的PMRだとしても、一度は傍腫瘍症候群を考え、悪性腫瘍を治療後にステロイドが早期に中止する事に挑戦します。達成できた場合は傍腫瘍症候群と考えるべきです。
●PMR発症から数年以上経過して発見された悪性腫瘍は真の『典型的PMRに偶然合併した悪性腫瘍』と考えるべきでしょう。
非典型的PMRの場合
傍腫瘍症候群と考えて、より踏み込んだ精査をする。
●片側、原因不明の腱鞘炎、原因不明の神経障害、浮腫、角化型皮疹、炎症マーカー正常、小球性貧血、治療反応不良など非典型的なPMRの場合、傍腫瘍症候群を疑います。
●傍腫瘍症候群の場合、背景に悪性腫瘍がある事が大前提ですので、心構えとして悪性腫瘍の精査をきちんとしないという事はあり得ません。
●従って上記の検査を行う事が前提で、より踏み込んだ検査(例:PET-CT、CF、PSA、マンモグラフィー、頸管細胞診など)も検討します。
●PSAに関しては健常者でのスクリーニングは全死亡率に関係しない(PMID=30185521)という報告がありますが、傍腫瘍症候群を疑う場合、悪性腫瘍がある事を前提としているため、男性で最も罹患率が高い前立腺癌については精査すべきです。
以上が筆者の考えです。大事な事は、
『典型的PMRと傍腫瘍症候群では、症状の出方が異なる可能性がある』という事と、『それぞれの場合で、悪性腫瘍の精査の意味合いが異なる』事です。
【参考文献】
(1) Patompong Ungprasert, et al. Semin Arthritis Rheum. 2014 Dec; 44 (3): 366-70. "Risk of malignancy in patients with giant cell arteritis and polymyalgia rheumatica: a systematic review and meta-analysis" PMID=25074657
(2) Sara Muller, et al. Ann Rheum Dis. 2014 Oct; 73 (10): 1769-73. "Is cancer associated with polymyalgia rheumatica? A cohort study in the General Practice Research Database" PMID=23842460
(3) Soshi Okazaki, et al. Tohoku J Exp Med. 2020 Jun;251 (2): 125-133. "High Relapse Rate in Patients with Polymyalgia Rheumatica despite the Combination of Immunosuppressants and Prednisolone: A Single Center Experience of 89 patients" PMID=32581186
(4) Tohru Michitsuji, et al. Mod Rheumatol. 2019 Nov; 29 (6): 1013-1016. "Swollen joints and peripheral arthritis are signs of malignancy in polymyalgia rheumatica" PMID=30334628
(5) 国立がん研究センター がん情報サービス
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
(6) 日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン
(7) 有効性評価に基づく子宮頸がん検診ガイドライン 2020