かつては関節の変形を防ぐことが出来なかった関節リウマチですが、早期発見、早期治療、そして治療選択の多様化のため、関節予後は各段と改善しました。
今では関節の著明な変形を見る事が少なくなったという言うぐらいです。
そこで、次の湧いてきたのは『そもそも関節リウマチの発症を予防出来ないか』という疑問です。
前回関節リウマチの発症には6つのフェーズがあるとお伝えしました。
図:関節リウマチの6つの進展フェーズ
遺伝的要因、環境要因、局所(肺、歯槽、腸管)の自己免疫反応から全身性の自己免疫反応(RF、抗CCP抗体陽転化)が起こり、臨床的に関節炎のない関節痛の状態、そして未分類関節炎を経て、関節リウマチが起こるという流れでしたが、どの段階で介入すれば良いか疑問が湧きますよね。
今回、関節リウマチの発症予防に割とついてまとまった論文があったので、ご紹介したいと思います。例のごとく、お時間がない方は最後のCommentsだけでも読んで感想をください。
- 概論
- 関節リウマチを予防するためにどんな戦略を考えるべきか
- 関節リウマチの予防戦略はどんな方に有効か
- 関節リウマチの予防のためにどんな薬物療法が考えられるか
- 関節リウマチの予防のために非薬物療法は可能か?
- 関節リウマチの予防戦略を取る際の問題点は?
- Comments
概論
●関節リウマチは世界人口のおよそ1%が罹患している一般的な全身性自己免疫性炎症性疾患である。
●罹患年齢は50代にピークがある。
●関節リウマチの病因には遺伝的要因と環境要因があり、遺伝的に感受性がある個人において、環境因子が特異的な翻訳後修飾を誘導し、免疫系の活性化を引き起こすと考えられている。
●その中で、遺伝的要因の関与はわずかであり、環境要因が関節リウマチの発症に重要な役割を担う事が分かってきた。
●環境要因の中で、喫煙は唯一、再現性を持って関節リウマチの発展リスクを増加させる。
●本論文の目的は関節リウマチの予防のためのエビデンスを再検討する事である。
関節リウマチを予防するためにどんな戦略を考えるべきか
●心血管疾患、腎疾患、肺疾患などの慢性疾患ではダイエット、血糖や脂質異常の薬剤を用いたコントロール、禁煙が予防プログラムとして提唱されている。
●関節リウマチでは早期から治療介入する事で長期予後が改善するが知られている。
●関節炎を発症する前から早期に介入する事は、有効である可能性があると言われる。
●自己免疫性疾患の動物モデルでは、早期に治療介入する事で疾患の発展を予防した。
●シェーグレン症候群のモデルマウスでもヒドロキシクロロキンとtotal glucosides of peony(TGP)を投与することで、疾患の発症を遅らせる事が出来た(PMID=23333492)。
●関節リウマチのSKGマウスモデルでもメトトレキサートを投与する事で関節炎の発展を抑制できた(PMID=19578278)。
●ヒトでも薬物治療による関節リウマチの予防効果や、環境因子、ライフスタイルを変更する事の効果を評価するいくつかの臨床試験が進行中である。
関節リウマチの予防戦略はどんな方に有効か
●人口の1%しか罹患していないため、予防介入の試験をしようとすると、膨大なサンプルサイズとフォロー期間が必要となる。
●しかし、関節リウマチ発症のハイリスク群に着目すると、より予防介入の試験がやりやすいかもしれない。
●ハイリスクの一つには一親等に関節リウマチがいる方(First-degree relatives of patients with RA: FDR-RA)が挙げられる。
●FDA-RAの方で関節リウマチに進展するオッズ比は一般人口の5倍である(PMID=23897126)。
●遺伝的要因(FDR-RAは関節リウマチの進展に寄与するが、環境要因もリスクを促進する。
●喫煙、高齢はFDA-RAの方において関節炎の有病率と罹患率の増加に関係する。
●50歳未満のFDR-RAの方で10 pack-years(10本/日×喫煙年数)以上の喫煙がある場合は、50歳未満で非喫煙者の方と比較して関節炎のリスクが高い(OR4.39(95%CI 2.22-8.66))
●臨床的な症状が起こる前の段階を"関節リウマチに関連した全身の自己免疫反応"と言うが、この時期は抗CCP抗体などが陽性となる。
●FDR-RAの方で抗CCP抗体が陽性となるのは3~6%で、一般人口の1%と比べて高い(PMID=28110385)。
●FDR-RAの方で抗CCP抗体が陽性となるのは以下の通り(PMID=28110385)。
-女性(OR2.7(95%CI 1.1-6.5))
-喫煙(OR1.8(95%CI 1.0-3.3))
-年齢(45~55歳)(OR3.9(95%CI 1.6-9.2))
●女性のFDR-RAでは閉経後または閉経後初めの1年がACPA陽性と関連した(OR3.0(95%CI 1.0-8.9))。
●上記より、FDR-RA群かつ喫煙者で閉経後早期の方は関節リウマチのスクリーニングをするメリットがある。
●しかし多くの関節リウマチを発症した患者はFDA-RAでもなければ特異的な環境要因もない。
●van de Stadtらは血清マーカー、臨床的、環境因子に基づいて、5年以内に関節リウマチを罹患する確率を、低リスク、中等度リスク、高リスクの3つに分けて、予測モデルを作成した(PMID=23178208)。
●この予測ルールによると、高リスク群は低リスク群と比較して、関節リウマチに進展するhazard ratio(HR)が14.8(95%CI 8.4-28.3)であった。
関節リウマチの予防のためにどんな薬物療法が考えられるか
●いくつかの臨床試験は最近発症した未分類関節炎に焦点を当てている。
以下に各試験の詳細を記載する。
PROMPT試験
●低用量MTXで未分類関節炎(phase E)が関節リウマチへ進展する事を予防できるかを見ている。
●12か月後MTXは漸減され、患者は30か月フォローされる。
●結果、ACPA陽性患者はMTX治療により関節リウマチの発症が有意に遅れた。
●しかし、"PROMPT試験"の事後解析では、妥当性が確認された上記の予測ルールを用いて、MTXの1年間の投与は、関節リウマチ発症に対する陽性適中率が84%を超える患者に対してのみ、関節リウマチ発症の予防に有効であることが実証された。
SAVE(Stop arthritis very early)試験
●16週間未満の炎症性関節炎(phase E)患者383人に単回の120mgのmPSLを投与した場合、プラセボと比較して関節リウマチの発症や薬剤フリーの臨床的寛解に有意な差はなかった。
ADJUST試験
●ADJUST: Abatacept study to determine the effectiveness in preventing the development of RA in patients with undifferentiated inflammatory arthritis
●50人のACPA陽性の未分類関節炎患者にアバタセプトまたはプラセボを6か月投与。
●アバタセプトは~10 mg/kg、30分で投与(Days 1, 15, 29, 57, 85, 113, 141, 169)。
●1年間のフォロー後、アバタセプトとプラセボ群で関節リウマチになったのは46% vs 67%。
Bosらの試験
●ACPA陽性の関節炎を認めない関節痛患者に100mgのデキサメサゾンを2回投与した群とプラセボをを比較した試験。
→この試験はphase Dの患者を対象としています。
●デキサメサゾン群は自己抗体の抗体価を減らしたが、関節炎の進展は抑制しなかった(20% vs 21%)。
PRAIRI試験
●関節リウマチの高リスク患者にリツキシマブ1000mg単回投与とプラセボを比較。
●高リスク患者は、2つの自己抗体(IgM-RF、ACPA)と関節痛があり、少なくとも(1)CRP>0.6mg/l、(2)MRIやエコーで認められる無症候性の滑膜炎、の内1つを満たす患者と定義した。
●81人の被験者がリツキシマブで治療された。
●フォローアップの中央値は29か月。
●フォローアップ期間中の関節炎への進展リスクはプラセボ群で40%、リツキシマブ投与群で34%で有意差はなかった。
●しかし、12か月の時点でリツキシマブ単回投与群は関節リウマチの発症は予防しなかったが、関節炎の進展を遅らせられた。
DNORA試験
●12~16週間1か所以上の滑膜炎を有する患者を対象。
●インフリキシマブ+メトトレキサート vs メトトレキサート単剤 vs プラセボの試験。
●フォローアップ期間は12か月。
●12か月時点で寛解率はインフリキシマブ+MTX群で32.4%、MTX単剤は14.3%、プラセボでは0%と有意な差が出た。
●2年の時点でインフリキシマブ+MTXでは25%が寛解を維持し、MTX単剤で寛解維持出来たのは0%だった。
●あるシステマティックレビューとメタ解析ではグルココルチコイド、csDMARDs、bDMARDsの関節リウマチ発展の予防または発症の遷延の効果が示された(PMID=29884751)。
●このメタ解析は関節炎を認めない関節痛患者への介入を対象としたものであり、9つのRCT試験を含んでいるが、2つの試験(PMID=19363022, 30504445)では、52週間時点での薬物療法は関節リウマチの発症を十分に減少させなかったが、7つの試験では未分類関節炎に対する薬物療法は関節リウマチの発症を十分に遅らせた。
●いくつかのランダム化試験が現在進行中(例:アバタセプト(ABT)、アトルバスタチン、ヒドロキシクロロキン(HCQ)、メトトレキサート)。
●APIPPRA試験:自己抗体が陽性の関節痛患者にABTを投与。
●StopRA試験:自己抗体陽性(ACPAが正常上限の2倍以上)のFDR-RAにHCQを投与。
関節リウマチの予防のために非薬物療法は可能か?
●禁煙が自己抗体陽性の関節リウマチの発症予防や発症遅延を可能にすることが示されている。
●喫煙は関節リウマチのリスクを上昇される(HR1.47(95%CI 1.27-1.72))。特にseropositiveな関節リウマチで上昇するが(HR1.67(95%CI 1.38-2.01))が、seronegativeな関節リウマチではリスクは上昇しない。
●禁煙期間が延びる程、関節リウマチのリスクは下がる(特にseropositive)(PMID=31427439)。
●ある報告では30年以上禁煙を続けた患者では5年しか禁煙していない患者よりも関節リウマチのリスクが低下する(PMID=30790475)。
●関節リウマチの高リスク集団における非薬理学的予防戦略に関する研究は少ない。現在進行中のコホート研究では、過剰体重、口腔衛生不良、栄養習慣、喫煙に関する教育、初期の関節症状、徴候など、他の危険因子を修正することの有効性が検討されている。
関節リウマチの予防戦略を取る際の問題点は?
●既存の試験はほとんどがACPAが陽性の未分類関節炎の段階をターゲットにしているが、効果がなかったという結果もあり、この段階は関節リウマチの発症を予防する段階としては既に手遅れかもしれない。
●関節症状が出現する前に介入する戦略はより効果的かもしれないが、関節リウマチ高リスクの個人を特定できるようなバイオマーカーが必要である。
●加えて、関節リウマチ発症前の段階でリスクがある患者の明確な定義も必要である。
●リスクがある個人のスクリーニングにMRIやエコーを使う事は費用がかかる。
●関節リウマチ発症予防にアバタセプトやリツキシマブを使用するのも高価である。
●Seropositiveの個人でも必ずしも関節リウマチに発展するわけではない。
●過剰に診断する事は過剰治療につながる可能性がある。
Comments
予防の分野はまだまだ発展途上だと認識しました。というのも、関節リウマチを発症する前段階の定義があまりされて来なかったためです。
6つのフェーズが提唱されたのが8年前の2012年で、最大の曖昧さがあったphase Dの臨床的関節炎のない関節痛の定義も、2016年にやっとされました。それまでは、予防の臨床試験をしようとしても、各臨床試験が自前で関節リウマチ発症前段階の定義をしていたので、それらの結果は一般化出来ませんでした。phase Eの未分類関節炎を一つ取っても、何を持って未分類関節炎とするかは、論文毎に統一させなければいけません。
遺伝的要因に関しては、予防の介入試験はありません。この段階の方は無症状でほぼ健常者ですから、捕まえて来て遺伝子検査をしようものなら、莫大な費用と時間が必要になるため、そもそも臨床試験が成り立ちません。ハイリスク、つまり一親等に関節リウマチがいる方を対象にして、発症まであまりにも長期間観察しなければならない上、薬剤などを使用するにして、いつまで使用するのか、評価はいつやるのか決められないと思いますので、この段階での予防的介入はほぼ不可能でしょう。
そもそも、遺伝的要因よりも環境要因の方が重要と考えられているため、一等親に関節リウマチの患者がいるからと言って、必ず自分も発症すると考えなくてもと良いかもしれません。
環境要因では喫煙や虫歯菌などが局所炎症からRFや抗CCP抗体陽転化などの全身性自己免疫反応を引き起こす原因となります。ただ、喫煙や虫歯がある方が結構な確率で関節リウマチになるかと言うと、そうではありません。喫煙者や虫歯患者の母数からすれば関節リウマチ発症数はそれほどではないので、全員を追跡するのに、これまた費用と時間が莫大に必要となります。しかし、当然介入試験はありませんが、観察研究レベルでは禁煙者は関節リウマチ発症のリスクが喫煙者よりも低い事が分かっているため、禁煙は積極的にして悪い事はないでしょう。また、虫歯は放っておいて良い事はありません。治療できるのであれば、積極的に治療しましょう。
次の段階として、RFや抗CCP抗体が陽性の全身性自己免疫反応の段階ですが、これらについてはそれぞれ陽性だったときに5年以内に関節リウマチを発症する陽性的中率は1.5%と5%と言われております(PMID=14872479)ので、これらが陽性だから、予防介入をするメリットはあまり高くないように思います。
遺伝的要因、環境要因、全身性免疫反応(RF、抗CCP抗体陽性)の3つを一括りにしてハイリスク患者を求める予測モデルが関節リウマチの発症を予測し得たという報告もありますが、この予測モデルのハイリスク患者を対象にした臨床試験はこれからあっても良いと思います。ただ、予測モデルも皆さんあまり使っていないのが現状です…
次の段階が臨床的関節炎のない関節痛患者ですが、ここになると抗CCP抗体などが陽性だと関節リウマチを発症するリスクがぐっと上がります。EULAR(欧州リウマチ学会)はここに予防的介入するために2016年に定義を定めましたが、まだ4年しか経過していないため、今後臨床試験が待たれます。
現状では未分類関節炎への予防的介入試験が最も多いです。しかし、もともと未分類関節炎は3割ぐらいは自然に改善する事が多いので、生物学的製剤を使用したから改善したのか、自然に改善したのか分かりません。また、毎度の事ですが、費用は馬鹿になりません。結局予防効果も完璧ではないので、費用対効果はそれほどではないかもしれません。
以上、関節リウマチの予防について考えてみました。非薬物療法として禁煙や虫歯治療などは効果は不明ですが、やっておいて損はないでしょう。薬物療法については関節リウマチの前段階の定義がなされたばかりであるため、これからの予防介入試験の結果が待たれます。しかし、費用の問題もあるため、より関節リウマチ発症リスクが高い患者群の同定が重要と思われます。
【参考文献】
Alpizar-Rodriguez D, et al. Clin Rheumatol. 2020 Feb 3. "Is the prevention of rheumatoid arthritis possible?"