喫煙が関節リウマチに与える影響
喫煙は関節リウマチ(RA)発症の環境リスクであるとお伝えしました。
気になるのはその機序です。喫煙が関節リウマチに与える影響を調べた日本の研究がありましたのでご報告致します。
たばこには多数の毒性を持った物質が含まれますが、その中でも主要なものに多環芳香族炭化水素である2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)というものがあります。その受容体がアリール炭化水素受容体(AhR)で、これらの結合によって形成された複合体が、細胞の核に移行して遺伝子に結合し、異常な転写活性化が起こる事で毒性を発揮します。
- RAの滑膜における各種サイトカインのmRNA発現
- 滑膜におけるAhRの発現
- 炎症性サイトカイン発現におけるTCDDとAhRの関係
- AhRの下流のシグナル伝達
- AhRの発現とTNF-αの関係
- まとめ
- その他の研究
- 禁煙の影響
RAの滑膜における各種サイトカインのmRNA発現
これは関節リウマチ患者の滑膜での様々なサイトカインのmRNAの発現を測定したものですが、TCDDの濃度に依存して、IL-1β、IL-6、IL-8などの様々な炎症性サイトカインのmRNAの発現が亢進したとのことです。中でもIL-1βが最も顕著でした。一方でCにある通り、TNFやMMP-3のmRNAの発現は亢進していませんでした。
滑膜におけるAhRの発現
次に滑膜組織でのTCDDの受容体であるAhRの発現を見ると、RA患者でオレンジ色に染まっているのが分かります(A)。AhR mRNAの発現を見ても、変形性関節症(OA)患者よりも有意にRA患者で発現が亢進していました(B)。
炎症性サイトカイン発現におけるTCDDとAhRの関係
TCDDとAhRの炎症性サイトカイン発現における関係性を調べるために、線維芽細胞様滑膜細胞に何も添加しなかったもの(None)、TCDDを加えたもの(TCDD)、AhRのアンタゴニスト(拮抗薬)であるα-naphthoflavone (α-NF)を加えたもの、TCDDとα-NFを一緒に加えたものを準備し、それぞれIL-1βのmRNAがどれくらい発現しているかを見てみました。
すると、TCDDを加えるとやはりIL-1βのmRNAが発現しますが、AhRの拮抗薬であるα-NFを加えると、IL-1βのmRNA発現が低下していることが分かります。
これにより、TCDDはAhRのを介してIL-1βのmRNAの発現を亢進させていることが分かります。
AhRの下流のシグナル伝達
TCDDがAhRに結合してIL-1βのmRNAの発現が亢進する事が分かりましたが、TCDDがAhRに結合してからIL-1βのmRNAの発現が起こるまでの経路が不明のままでした。
そこで筆者らは、線維芽細胞様滑膜細胞にTCDDを投与し、その下流で代表的なNF-κB経路を抑制するBay 11-7082を投与したものと、していないものを比較しました(A)。
TCDDを投与すると、当然IL-1βのmRNA発現は亢進しますが、TCDDと顆粒のNF-κB経路を抑制するBay 11-7082を投与したもの(Aの右端)では、IL-1β mRNAの発現が低下していました。これにより、AhRの下流のシグナルはNF-κB経路が考えられました。
さらにBではERKの活性化を抑制するU0126を投与した場合でもTCDDを投与しているにも関わらず、IL-1β mRNA発現は低下しました。
AhRの発現とTNF-αの関係
AhRのmRNAがどのサイトカインによって発現が亢進しているかを調べた結果、線維芽細胞様滑膜細胞にTNF-αを加えるとAhR mRNAの発現がTNF-α濃度に依存して亢進することが分かります(A)。遺伝子だけでなく、蛋白質レベルでもAhRの発現が亢進していることがBの結果から分かります。TNF-α阻害薬であるインフリキシマブを投与すると、AhR mRNAの発現が低下する事が分かります(C)。
一方、IL-1β、IL-4、IL-6、IL-8、IFN-γなど他のサイトカインではAhR mRNAの発現を誘導する事は出来なかったようです。
まとめ
今までの結果をまとめると、上記の通りになります。関節リウマチ患者の滑膜ではたばこに含まれるTCDDの受容体であるAhRが発現しており、TCDDがAhRに結合すると、ERKやNF-κBなどの細胞内シグナルを介してIL-1βやIL-6、IL-8などの遺伝子発現が亢進し、結果的にこれらの炎症性サイトカインが分泌されるのではないか、という事が考えられました。
その他の研究
別の研究では、喫煙はこのアリール炭化水素受容体を介してTh17細胞が活性化する事が病態に関わるという報告もあります(PMID=29884199)。
さらに喫煙は肺の粘膜での蛋白質のシトルリン化に関係していると言われています(PMID=18413445)。シトルリン化蛋白は抗CCP抗体の抗原となりますので、喫煙は抗CCP抗体などの自己抗体の陽性化に関与すると言われています。
喫煙は歯周病の発生リスクでもあります(PMID=29656920)。歯周病は関節リウマチの発症にも関係しますので、喫煙は直接的にも、間接的にも関節リウマチの発症に寄与する可能性があります。
禁煙の影響
去年の研究で、禁煙とRFや抗CCP抗体の陽性率との関係を調べたものがありました。この研究によると、『関節リウマチを発症する前に禁煙している年数が長いほど、RFや抗CCP抗体の陽性率が低い』事が分かりました。以下の通り、20年以上禁煙しているとACPA(抗CCP抗体)陽性は非喫煙者と同等のリスクまで低下し、RF陽性に関しては非喫煙者よりもリスクが低いという結果でした。
残念ながら、後ろ向きコホート研究ですので、患者は全員関節リウマチを発症している方々ですが、それでも『禁煙すると、将来的にRFや抗CCP抗体が減少する可能性がある』事は言えるかもしれません。関節リウマチ発症の予防効果があるかどうかについては前向きに検討しなければなりません。
【参考文献】
●S Kobayashi, et al. Rheumatology (Oxford) . 2008 Sep; 47 (9): 1317-22. "A role for the aryl hydrocarbon receptor and the dioxin TCDD in rheumatoid arthritis" PMID=18617548
●Yuki Ishikawa, et al. Ann Rheum Dis . 2019 Nov; 78 (11): 1480-1487. "Shared epitope defines distinct associations of cigarette smoking with levels of anticitrullinated protein antibody and rheumatoid factor" PMID=31427439